資産、負債の評価方法としてのキャッシュフロー
先月政府により公表された「金融再生プログラム」については、「中小企業への貸し渋り、貸しはがしを加速させる」「外資に捨て値で日本の銀行を売り渡す」といった批判が行われている。私見でも現行案のままではその批判通りと考えており、当該プログラムの実施については、既に死に体となっており金融機関の都合で存続させている企業と、健全な法人や中小企業等で懸命に事業を行い返済を続けている法人とをはっきり区分けしての措置が必要であり、また、日本の金融機関の健全な育成という観点が必要と考えている。
ところで、この中にはいわゆる不良債権先の法人の評価について、一つの方法として、「キャッシュフロ−の割引現在価値での評価を行う」といった聞き慣れない文言が入っている。
また、04年度にも導入が予定されている「固定資産の減損会計」では、固定資産の時価評価に当たって、公示価額や路線価を参考にした売却価額以外に、当該事業用不動産の「将来キャッシュフロー」で算定する、との考え方も示されている。
さらに、すでに企業会計の分野で適用されている「退職給付会計」では、「年金数理計算」方式が採用されている。「年金数理計算」方式は、退職金債務(退職給付引当金)の算定を、「将来の退職金支出(キャッシュフロー)を統計的に予測し、その割引現在価値を算定して行う」ことを意味する。
これらの「キャッシュフローの割引現在価値」も「将来キャッシュフロー」も基本的には、資産や負債の評価方法として同様の考え方である。
今年も経済情勢は厳しく、前述の通り、銀行からの貸し渋りはますます激しくなると予想される。金融機関への融資申し込みを行ったときに、さんざん資金繰り計画等を出させておいたあげくに、担保資産の値下がりといった従来からの理由の他「将来(見込)キャッシュフローが少ないので貸せない」といわれる法人もこれから出てくる可能性もある。
ここでは こうした状況を踏まえ、経済、会計用語としての「キャッシュフローの割引現在価値」「将来(見込)キャッシュフロー」の意味を、説明したいと思う。
1.「キャッシュフローの現在価値」の考え方
キャッシュフローの現在価値とは、将来の各時点で発生するキャッシュフロー(収入や支出)を、現時点での資産や負債の評価に引き直すために、「貨幣の時間価値」の概念を取り入れて、一定の「利子率」等で割り引き計算して算定する考え方である。
ここで「貨幣の時間価値」とは、同額のキャッシュフローであっても発生の時期が違えばその価値が異なるという意味である。例えば、100万円の入金があるとして、入金の時期を、今日か1年後のどちらか選択できるとした場合、今日の方が有利である。なぜなら、入金された100万円を定期預金に預ければ、いくらかでも利息が付き、その分増加するからである。いいかえると「現在の百万円」と「1年後の百万円+利息」は等価であることになる。
具体的には、n年後のキャッシュフローcについて、利子率年利rとして、
例えば、利子率5%の場合の、1年後の入金105万円の現在価値は、
となる。
また、入金が確実であればよいが、1年後の入金が不確実であれば、等価とはいえない。現在価値の計算上は、キャッシュフローの不確実性(リスク)を考慮し、合理的に計算されなければならない。
2.「現在価値」算定上のポイント
(1)キャッシュフローの予測(c)
キャッシュフロー(資金の収入もしくは支出)の予測が必要である。資産や負債の評価に使用するものであるから、不確実性はできる限り排除し、合理的に計算されなければならない。
従来の会計上の評価は、基本的に過去の実績情報に基づいてきた。その意味では、評価の妥当性の課題はありつつも、恣意性の入らない確実なものであった。
しかし、予測計算は不確実性を100%排除はできず、その意味で恣意的な極端な見積もりが入る可能性もある。この点に十分な留意が必要となる。
(2)予測の期間(n)
(1)の課題とも関連するが、キャッシュフローの予測期間を設定する必要がある。その際、できる限りキャッシュフローの予測期間を取り込む視点と同時に、実現可能性にも十分留意して設定する必要がある。金融再生プログラムでは、10年間として想定されている。
(3)割引率(r)
割引率については、まず、どういった比率を用いるかが問題となる。市場利子率(借入レート、国債利率等)契約書での約定利率、資本コスト(出資に関わる株式配当を前提としての株主からの期待運用率、市場利子率を上回るものでなければ株主は満足しないので、市場利子率より高くなる。)等が想定される。
また、現時点の割引率だけでなく、将来の変動についても見込むことが考えられる。
3.具体的な適用(1)貸付金の評価(貸倒引当金の算定)
現在のところ、日本公認会計士協会で公表されている貸付金の評価基準(金融商品会計基準、金融商品会計に関する実務指針(中間報告))では、貸付金等を一般債権、貸倒懸念債権、破産更正債権等に区分し、この内貸倒懸念債権の貸倒見積高を算定する方法の一つとして、「元本の回収及び利息の受取が見込まれるときから当期末までの期間にわたり当初の約定利子率で割り引いた金額の総額と債権の帳簿価額との差額を貸倒見積額とする」方法(キャッシュフロー見積法)が規定されている。
この方法が貸倒見積額の算定に適するのは、
・将来キャッシュフローの合理的見積もりが、関係会 社や債務者の信用状態を常時把握できる等で可能 であること
・会社が担保処分によらず、債務者の収益を原資とし て回収する方針をとっている場合
としている。ただし、実際の運用はこうした範囲には限定されていないと思われ、また、今回の金融再生プログラムでは、担保資産の処分との組み合わせ等も含めこの範囲は広げられると考えた方がよいと思われる。
具体的に説明しよう。
02/3月末時点の貸付金残高100万円、返済期日04/3月末一括返済、約定金利5%の貸付債権につき、支払条件を緩和し、利息を免除した場合の貸倒見積額はいくらになるだろうか。
つまり、当初の約定通りの弁済を受けられる場合の現在価値は、
となり、帳簿残高と一致する考え方を延長すると、例え利息の減免のみであっても、キャッシュフローの現在価値の考え方からいえば、一定金額の貸倒引当金が必要ということになる。
また、本例のように支払条件が変更される等がない場合であっても、返済可能なキャッシュフローを合理的に見積もることで、貸付金の現在価値と貸倒見積額の算定は、理論的には可能である。
4.具体的な適用(2)固定資産の評価(減損会計)
固定資産の減損会計については現在のところ未確定であり、00/6月に企業会計審議会より「固定資産の会計処理に関する論点整理」が公表され、検討されている。ここ数年の内には基準が設定される予定となっている。現在、米国基準や国際会計基準をもとに検討されている。
そこでは、固定資産の減損損失の算定上、以下の3つが算定方法としてあげられている。
・正味売却価額
従来型のものであり、「売却予想額−処分費用」 を見積もり、それと帳簿価額との差異を減損損失とす る。実務上は、不動産鑑定評価額、時価公示価額、 路線価等が考えられる。
・使用価値
該当資産の継続使用と最終的な処分から得られる 見積将来キャッシュフローの現在価値のことをいい、 それと帳簿価額との差異を減損損失とする。理論的 な合理性はあるが、実務上、客観的な見積方法を定 める上での困難性があり、それも織り込んだ形での割 引率の設定等が考えられている。
・公正価値
該当資産の個別性には着目せず、市場価額もし くは類似する資産の将来キャッシュフローの現在価値 のことをいい、それと帳簿価額との差異を減損損失と する。こうした方法は、該当資産の継続使用と新たな 再投資とは同じであるとの仮定に基づく。一般的な市 場価額等をどう定めるのかといった課題がある。
従来から土地の評価について、その使用によるキャッシュフローにもとづき行うべきである、との意見があり、実際不動産鑑定評価においてはそうした方法を採用している事例が見られる。賃貸不動産については、そうした評価方法には合理性があると思われるが、それ以外の事業用不動産についても一般化する方法が日本になじむのかどうか、検討を要するといえよう。
5.利益でなく、なぜキャッシュフローか
最後に、損益計算書で開示されている利益ではなく、キャッシュフローを評価の拠り所にするのはなぜなのか、利益もキャッシュフローも重要な指標であるとする立場からも、所見を述べておきたい。
(1)継続企業の前提がない
貸付金の評価などについては、当該債務者は倒産の危機に瀕している場合が多い。つまり、その継続の見通しがなかったり、不明であったりする。
損益計算書上の利益は、法人が継続することを前提に、発生主義の原則、費用収益対応の原則に基づき、収益や費用を各会計期間に割り振り、算定している。継続企業の前提条件がない場合には、利益は通常の方法では算定できない。
(2)会計期間の限定がない
貸付金、固定資産、退職引当金の算定評価は、1会計期間を超えて、将来の予測(貸付金の回収、固定資産の使用、退職金の支出等)に基づき算定される。したがってそれらは、例えば1会計期間に限定したところで算定される「利益」といった用語での算定にはそぐわない。
(3)確実な尺度である
利益は、必ずしも同額のキャッシュを生むわけではない。獲得した利益は、固定資産や在庫といった資産増加や借入金の減少となっても貸借対照表上反映される。これらは、最終的には、在庫の販売、固定資産の使用等によりキャッシュに反映するはずであるが、売掛金の滞留、不良な在庫の存在等結果的に資金に反映しない場合もあり、それを意識的に隠蔽して粉飾する場合もある。
明瞭確実な尺度としては、キャッシュが優れている。
以上、キャッシュフローを重視、採用する理由を述べたが、それでも各会計期間ごとでの事業活動の評価を行う上では、キャッシュの増減だけでは不十分であり、発生主義に基づく利益の算定評価が必要である。要は両者をバランスよく見ていく目が必要といえよう。