法人税と退職金費用
一般のサラリーマンは長年にわたって勤務した企業を退職する場合には、金額の多寡はあっても「退職金」が支給される。支払者たる企業では、退職金の支払の準備のためにその費用と資金の準備を励行している。
本号では、この退職金の準備についてその論点を平易に解説することとした。というのも、多くの企業が課税されている法人税の算定においてその準備費用の計上を認めないという改悪が強行されようとしているからである。
1.退職金とサラリーマン
サラリーマンの退職金は、中途退職か定年退職かを問わず、退職時に支給される。多くは退職一時金として給付を受ける。大企業等で企業年金加入経営では利回り等の理由で一時金ではなく、退職年金として受け取る選択をするサラリーマンも多い。とりわけ低金利の今日では、年金給付として受け取る方が受取金総額が高いのも事実である。
退職一時金を受け取る場合は、退職所得として所得税・住民税が課税されるが、収入金額から退職所得控除が差し引かれた上に、その残額の1/2に税率が乗じられるという優遇税制となっている。この退職所得控除は、勤続年数20年までは1年につき40万円、それ以上の年数では70万円とされており、従って勤続35年で2000万円の退職の場合では徴収される税金は数十万程度と算定される。
一方、年々受け取る年金額については、雑所得として所得税等が課税されるが他の経常所得金額によっては高率の税金ともなりうる。一時金と年金の選択が可能な場合は単に利回りのみならず、税引後の手取りキャッシュ総額的な算定比較をした上での選択が必要である。
退職金の支給金額で、とりわけ一時金への課税が極めて優遇されているのは、従来の退職金に関する考え方の底流に「後払い給与」という理解が前提となっていて、労働者職員から見れば退職金は勤務の継続により日々発生し続けている労働債権であり、規定等によって必ず給付を受けられるものという前提とされている。そして給付を受けた金額全体に通常の所得税率等を適用してしまうと老後の生活資金等がえらく目減りしてしまうからに他ならない。
さて、受け取るサラリーマンの方の意義を説明したが、支払う側の企業では、いったいいかなる処理をすることとなるか、次に考えてみよう。恐ろしいほどに多くの課題が浮かんでくるのである。
2.退職金の支給時の費用処理
退職金は、現金支出は退職時である。このことに着目して支出時すなわち、支払う企業側では職員等の退職時に費用として処理をすることがまず思い浮かぶことである。かつては多くの企業でこのような処理をしていたし、現に今でもそのような処理となっている企業もある。しかしこの考え方は決定的な誤りなのである。
今年は2人、来年は5人、再来年は10人の退職予定だとした場合に、それぞれ支出した年度で退職金費用(人件費)を計上処理することとなるが、当該企業の各年度の最終利益は多額に変化することが火を見るより明らかである。
今年は退職者が少なかったので利益を計上した、再来年は退職者が多いのでえらい赤字となる、などの意味不明の決算結果をもたらすこととなるのである。
比較的規模の小さな経営では、退職金の多い少ないでその年の利益が増減することとなり、その結果が賃金条件等の改訂にも多大の影響を及ぼすこととなる。同時に、日々の退職金発生労働債務(職員側からは労働債権)を認識計上しないことは、企業の資産・負債という財産の表(貸借対照表)に何らの債務も計上されないこととなり、その企業で隠れている退職期金債務の金額如何では、取引先や金融機関も二の足を踏んでしまうかもしれないし、不信感が募ることとなりかねない。
欧米では我が国のような退職金制度がなく、その会計処理についての大きな議論もないが、我が国ではこの30年間の間に3回ほど相当の議論機会があった。いずれにしても退職金の支出時に費用として認識することは全く不合理なことというのが戦後の我が国の企業会計の基本的立場となっている。次に見てみよう。
3.職員の退職金費用の見積もり
仮に、ある企業で職員Aについて、年度末に退職金を算定したら8百万円であり、その1年後には1千万円になったとしよう。この1年間に増加した退職金は2百万円である。
この退職金算定は、会社都合の退職金規程ではなく、あくまでも自己都合規定による算定であるが、この増加金額こそが職員Aに対して1年間に発生増加した退職金の費用とみなすことが合理的といえる。今年1年勤務を継続し日々発生している退職金債務の金額の見積もりといえる。
もし企業が、この1年間に発生した職員の自己都合退職金を費用計上し続けている場合には、企業の財産の表すなわち貸借対照表の負債の部には、相当金額の未払退職金相当額が計上されているに違いない。過去にそのような処理をしていた経営も少なくない。
4.法人税の縛り
企業は収益と費用を基礎に、損益計算を施して、利益または損失を確定する。この確定した利益等に様々な加算減算を施して法人税課税所得金額を算定し、法人税等の納税をするのであるが、法人税法では退職金費用の見積もり計上に縛りをかけている。
今、仮に職員Aの所属する経営で年度末の自己都合退職金算定総額が30億円であったとしよう。
前記の、年々の発生増加金額を計上し続けていれば当該企業の負債の部の未払退職金相当金額は30億円となっているはずである。
これに対して法人税法は98/03期決算までは40%相当まで費用計上を認めるという取り扱いであった。すなわち12億円までは税法上の費用として認め、残りは税金を払ってでも積みたいのであればどうぞ、というスタンスであった。40%という積立割合は、我が国の全産業平均の労働者の企業在職年数が12年であり、年平均利子率8%で現価割引計算をすると40%になるという説明であった。すなわち今、40の資金があれば8%で複利運用すれば12年後には100に達するとの意義である。
このため多くの企業では法人税法の40%基準に即して会計上の費用と債務の計上処理を続けていた。もちろん金融機関等を中心として100%計上を展開していた企業も存するが、60%部分は税金を負担して積んでいることを意味している。
なおこの費用を計上する場合には、まだ確定していない長期の未払金なので「退職給付引当金」という舌を噛みそうな名前の科目で決算書表現をすることとしている。この科目を見つけたら職員らの退職金の準備=長期の未払金債務と考えよう。
5.法人税法改悪
長年にわたり、自己都合退職金の期末要支給額の40%積立基準を採用してきた法人税法は、98年4月1日以降開始事業年度分から、20%基準に改悪改訂した。
37%、33%、30%、27%と経過的段階的に税法上の費用としての積立割合を減額している。この2002/03月決算法人では、27%が法人税法限度積立割合とされていた。
この改悪改訂は、大企業優遇の税率引下の減税を実現するための、増税施策の一環である。労働集約型企業や中小企業、人のウェイトの高い非営利経営等での法人税等の負担が一気に増加する内容であることは言を待たない。
先に述べた法人のように、02/03決算で期末要支給額が30億円の経営では、8.1億円の準備までは退職金費用を認めるが、それ以上の積立は税金を支払ってもらう、ということを意味している。
6.退職給付会計の整備改訂
一方で、戦後の経済・経営展開で増加したサラリーマンのうち団塊の世代と呼ばれる人々があと数年から10年前後で大量に退職者となる事態が継続する時代を迎えつつある我が国では、法人税法の改悪改訂があるものの、もはや税法基準では退職金の準備としては全く不十分であるとという指摘と共に、そもそも期末の自己都合退職金の算定では退職給付債務の評価として相応しくないという取組を開始している。
それは各職員らについての想定在職年数と想定将来退職金を仮定し、数理計算的に現在価値評価をする方式に改める、という内容であり、主として小企業等について期末要支給額を算定基礎として活用することを認めつつ、しかしその場合も100%を積み立てるものとされた。
つまり、かたや法人税法は積立割合を低下し、かたや企業会計は積立割合を増加するという取組が続いている。
7.法人税法における退職給付引当金廃止
今国会に提起されている税法改定案では、大企業へのさらなる優遇税制たる「連結納税制度」の減税制度を実現すべく、その増税財源として再度、退職給付の準備費用に手をつけたのである。
すなわち、法人税法では、退職給付引当金について制度そのものを廃止することとし、一挙の廃止は大増税になるとして、大企業では4年間で現在積立額を減額廃止し、中小企業と協同組合等では10年間での均等減額方式とするとしている。法案可決は連結納税制度とセットであり、おそらく本号が届く頃には可決成立していると想像される。
前記の期末要支給額30億円法人が中小法人の場合には、2002/03月末現在の税法残高8.1億円について、毎年81百万円ずつ有税化するという方針である。
当然のこととして、決算書ではこの間の取り組み通り積立を強化継続しなければいけないことから、税と会計の乖離はより決定的とならざるを得ない。仮に30億円全額を積むという方針であれば、その3〜4割前後の税負担をしなければいけないこととなる。この負担増は、会計上積むかどうかに関係なく実施されるものである以上、企業経営トップ層も、労働組合も悩む事態を拡大することとなる。
さらに自己積立ではない企業年金加入経営では、掛け金の費用処理は相変わらず認められているので、年金利回りの悪さにもかかわらず、その将来キャッシュフローの差はより歴然化しつつある。
企業の当事者たる経営陣、労働組合、職員らも、退職金制度課題、費用準備課題、資金準備課題など長期的課題をこぞって考えざるを得ない。まことに混迷困難なる事態となりつつある。その責任はいずこに求めればよいのか。