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2004年1月31日

がんばれ日本!

1.「ニホン」か、「ニッポン」か?

 「がんばれ、ニッポン!」。
 読者のみなさんのお手もとに届くときには若干古い話かもしれないが、ワールドカップバレーの話である。といってもバレーの話をしようというわけではない。
 ある友人が「がんばれ、ニッポン!」という言葉を聞くと、戦前の国威掲揚が思い出されて不快であると言った。そのことの意味はとりあえずおいといて、はたして「日本」という言葉の読みは、「ニホン」が正しいのか、「ニッポン」が正しいのか?
 正解を先にいってしまえば、それはどちらでもかまわないということである。いささか期待はずれの答えでがっかりしたかもしれないが、要するにこれを統一することはできないというのが日本政府の出した苦肉の策の答えなのである。
 本来、これは日本語に限った話ではないが、ひとつの言語にはひとつの意味しかもたないし、その読みについてもひとつしか存在しない、つまりは無駄な言語は存在しないというのが言語学の基本的な立場である。しかし、言語誕生のときはそうであっても、長い年月をかければ当然それも違ってくる。それが言語のゆれである。したがって、「どちらでもよい」というよりは、「どちらかに決めることができない」という曖昧な、言語学者の嫌うところの答えとならざるを得ないのである。
 しかし、これが公の放送を預かるところではそうもいかない。日本放送協会、いわゆるNHKのことであるが、NHKでは正式な国名としての「日本」の読みは「ニッポン」で統一している。ただし、例えば「日本海」や「日本酒」をわざわざ「ニッポンカイ」「ニッポンシュ」などとはいうのは不自然なので、それらは「ニホン」と読むらしい。
 また、当然ながら、固有名詞ならばどちらと読むかは決まっている。例えば「ニホン」と読むものには「日本女子大学」「日本航空システム」「日本たばこ産業」などが、また、「ニッポン」と読むものには「日本体育大学」「全日本空輸」「日本ハム」などがある。もっともこれらについて、私自身が必ずしも正確に使いわけるなどというわけもないし、多くの人も同じだと思われる。
 ちなみに、今は社会民主党になったが、旧日本社会党は「ニッポンシャカイトウ」であったし、日本共産党は「ニホンキョウサントウ」である。ただし、そこに何らかの意味があるのか否かは、私は聞いたわけではないので知る由もないのだが。
 いずれにしても、私の個人的な内省からいわせていただくと、「ニッポン」と発音すれば、促音や半濁音の影響からか、力強く軽快な感じが、「ニホン」と発音すれば、柔らかくスマートな感じがするように思われる。したがって、応援をするようなときには「がんばれ、ニホン」よりは「がんばれ、ニッポン」の方がしっくりくる、ということなのだろう。
 もっとも、「がんばれ、ニッポン!」と叫びながら大勢で「日の丸」を振っている光景を見るに、それを不快に思われる気持ちも当然ながら理解できるのだが。

2.「高利」と「氷」は違う?

 「高利」と「氷」を発音してみていただきたい。おそらく「コーリ」と発音されるであろう。いうまでもなく、これを平仮名で表記すれば「こうり」と「こおり」となる。しかし、この両者の発音は同じである。
 少しばかり意地の悪い人は、「いや、正しく発音すると「高利」は「コウリ」で、「氷」は「コオリ」となるのだ」などとおっしゃるかもしれない。確かに、「高利」は「高(コウ)」という文字と「利(リ)」という文字の組み合わせであるから、表記するなら「KOU-RI」であるし、「氷」は物体そのものを指す名詞であるから「う」と「お」というふうに表記するのは別におかしなことではなく、当然のようにみえる。
 しかし、通常発音するときはどちらも同じ「コーリ」であり、「高利」というときと、「氷」というときに、それらを使いわけているなどという人は、おそらくいないと思うのである。
 実はこれにはハ行転呼音という珍しい音韻変化が関係している。もちろん国語学の講義をしようというのではないので、詳細な解説は避けたいと思うが、要するに昔の語頭以外の「はひふへほ」は、現在でいうところの「あいうえお」、または「わいうえを」に変化したということなのである。(正確には、先に「ワ行」に変化し、それがのちに「ア行」となったと考えられる。)
 みなさんも覚えがあるだろう。学生時代、古文などの授業で「言ふ」「思ふ」などの語を詠む際に、本当に「いふ」「おもふ」とハ行音で発音していたはずはなく、「いう」「おもう」と読みなさいと教わったはずである。これがまさにハ行転呼音なのである。
 なぜこのような変化がおこったのかはっきりとはわかっていないが、少なくとも「ハ行音」の不安定さが理由のひとつであると考えられる。
 いずれにしても、「高利」と「氷」はなぜ同じ「コーリ」と読むにもかかわらず、表記上は別なのかという問いは、歴史上のこうした音韻変化に由来するものであり、これもまた「日本」の読みと同じように言語のゆれのひとつであるということができるのである。

3.「標準語」ってどんな言語?

 「標準語」ってどんな言語ですかと聞かれたら、みなさんはどうお答えになるだろう?教科書の言葉?東京の言葉?etc…。
 まあしいていうならば教科書の言葉などは近いのかもしれない。ただし、東京の言葉は「標準語」ではなく、あくまで東京地方の方言である。
 まわりくどい言い方をしたが、つまり「標準語」というのは実際には存在しない、架空の言語であるということなのである。したがって「標準語」という言語を母語とする話者もまた存在しない。
 「標準語」の概念がつくられたのはいつか。それは戦前である。戦争において、方言など、言語がまちまちといったことでは司令が伝わらないおそれがある。そこで司令をいかに早く、そして正確に伝えるかという目的のために「標準語」という、共通の、架空の概念がつくられ、国民総統一言語化を目指したのである。茨城県や栃木県といった北関東地方などの「イ・エ」「ス・シ」の発音が有名だが、これら方言の矯正がもともとの国語教育の誕生した目的だったのである。
 つまり、残念ながら国語教育とはそういった負の遺産として誕生したと言わざるを得ない。しかし、私は当然ながら国語教育を否定しているわけではなく、戦前の単なる「言葉の教育」にとどまらない、「表現」や「理解」などを教え、そして「考える」ことのできる、新しい国語教育の可能性を信じているのである。母語を大切にするということには、そんな意味もあるのかもしれない。

4.「言葉」と「感覚」

 古来、沖縄には色が5色しかなかったらしい。
 もちろん、昔は沖縄には5色しか色が存在しなかったというわけではない。どういうことかというと、沖縄には色を表す言葉が5種類しかなかったということである。
 みなさんは信号機の進めの色を何色というだろう?たいがいの方は「青」というのではないだろうか。信号の進めは「青」というのは「世間の常識」である。しかし、よく見ると「緑」ともいうことができる。
 つまり近い色、「青」と「緑」、「赤」と「ピンク」、「黄」と「橙」など(ただし、光の波長など科学的にこれらの色が近いのかどうかは私は存じないので、間違っていても抗議はしないように)はそれをどう捉えるかによって、同じものにも、違うものにもなるのである。ましてや、「そら色」と「みず色」(青系統の色の中で厳密にはこれらは区分されるらしい)などはあえていわれなければ、一見ほとんど見分けることができない。
 同じようなことは味覚にもいえる。例えば「カライ」といった場合、唐辛子などの「辛い」、しょっぱいものを食べたときの「鹹い」は、同じ「カライ」という言葉に分類されるが、厳密にいうとこれらは異なる味である。
 「アマイ」「カライ」「ニガイ」「シブイ」「スッパイ」など、味に関わる表現は様々あるが、これらの感覚の違いはすべて「言葉」によって認識される。
 このように、感覚と言語は非常に密接に関係している。それは我々人間が物事を思考するとき、言語によって思考するからに他ならない。これら色や味などの違いについて、だいたい同じなのだからどうでもいいのではないかと考えるのであれば、それもひとつの考え方ではあるのだが、これらの違いを感じることができる程度に自らの語彙を豊かにしようとすることは、同時に感覚も豊かにすることになるのではなかろうか。
 視覚や味覚など、もともとの固有の感性の鋭さは別として、人間が「言葉」を使って感覚を認識し、区分している以上、「言葉」は人間の感性を豊かにするための重要な役割をはたしていると、私は思うのである。

5.「文字」と印刷技術の果たした役割

 ここまでは話し言葉、いわゆる「言語」についてみてきたわけだが、ここでちょっと書き言葉、つまり「文字」についても考えてみたい。
 「文字」は、私などがいうまでもなく、人類が生みだした最も大きな財産のひとつであり、「文字」がなければ人間の文明はここまで高度に発展することはなかったであろう。今日のような文学の発展もまた、「文字」なしにはあり得なかったのだが、文学の場合は、印刷技術の発達がその発展のもうひとつの原動力となったのである。
 印刷技術が発達する前の時代の文学の中心は、御伽草子や仮名草子などといった、いわゆる物語文学である。
 「桃太郎」や「浦島太郎」いった昔話を思い出していただきたい。そこには、桃太郎がどう思っただとか、どう考えただとかいう登場人物の心理描写などは存在しない。印刷技術が発展する以前に中心的であったこれら語り系の文学は、人々の口から口へと伝えられ、語られてきたため、登場人物の詳細な心理描写など表現することなどは不可能であったことによる。
 つまり、これら物語文学というのは、「桃太郎が桃から生まれ、家来を引き連れて、鬼ヶ島に鬼退治にいく」という、「スジ」中心の文学となっているのである。
 江戸時代になって、印刷技術が向上してくると、庶民が文字による文学作品を比較的容易に手に入れられるようになる。そこで庶民の間に、井原西鶴の『好色一代男』や『日本永代蔵』などの浮世草子が大流行し、職業としての「作家」が成り立つようになってくるのである。
 当然、文字は書き手の表現したいことを相手に正確に伝えることができるため、印刷技術の発達は、書き手による表現の幅を飛躍的に向上させ、現代までの多種多様な文学の発展へとつながったのである。
 今日、私たちがこの「ザ・バランス」をみなさんに発信できるのも、文字と印刷技術の向上のおかげなのかも知れない。

(千葉 啓)


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