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バスク・モンドラゴン取材私記
2005/11
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2005年10月、MCC(モンドラゴン・コーペラティヴ・コーポレーション)の四度目の取材を敢行した。MCCの意味するもの、それから考えるべき事柄などは別コラムにおいて少し記載する予定であり、また取材旅行の主宰者である「非営利・協同総合研究所いのちとくらし」の機関誌等に掲載することとしているが、本稿は取材の合間に垣間見た感想記である。気軽に読んでいただきたい。
◆ バッゲージ未着
旅の往きはロンドン・ヒースロー空港乗り換えで、ビルバオ(バスク)空港着であったが、バッゲージ(機内預けスーツケース等)が12個中の9個、荷物が出てこない。ヒースローで乗り換えたBAの飛行機に積まれていないことが判明。1日後には宿泊ホテルに送達されるということを信じたが、結局40時間後と相成った。荷物のトラブルは今まで重い事件は発生したことがなかったのであるが、9人は「参った」状態に陥った。また帰路はリスボンからBA機に乗り、ヒースロー空港で乗り換えたのだが、これまた3個の荷物が成田空港に到着せず、一同、ヒースロー空港のトランジット荷物の扱いの杜撰さにあきれかえってしまった。物的な保障は保険でカヴァーされるが、心理的動揺等に対しては何の保障もない。
◆ エロスキ
エロスキはMCCの流通グループの中核的消費生活協同組合であるが、もちろん日本のような共同購入システムはなく、店舗販売である。荷物が届かないため、最低限の下着等を入手すべくモンドラゴンの街の郊外の5千坪のエロスキのハイパーマーケットに買い物に出かけた。3/5が生鮮を含む食品売場で残りの半分が日用雑貨品、その他が衣料品などであり、衣料品は種類も少なく、サイズも分からず手間取ってしまった。何人かは同じ柄のTシャツとなってしまった。一般に衣料品は横幅が合っても、胸の厚さが格段と違うため、身体の前後がブカブカとなりうる。
ミルクやヨーグルトなどの乳製品の売場は日本のそれと比べると大規模で種類も豊富であった。肉の売場は、以前は大きなブロック売りが中心であったが、小さなパックのバラ売りも目立っていた。核家族化が進んでいるのだろうか。そう言えば、モンドラゴンの街は建設ラッシュのように、あちこちでマンション建設を見かけたが、同様の理由のように思える。エロスキの組合員カードを持たない私らに値引きはなかった。
◆ ホテル・モンドラゴン
20年前に初めてモンドラゴンを訪問したときには近代的なホテルなどはなかったが、今はホテル・モンドラゴンが営業していて、そこに3泊した。MCCの系列ではないが、MCC幹部とは知り合いの人が勤めている。気楽で居心地の良いホテルであった。特に朝食が気に入った。滅多に朝食を誉めない私だが、本当にフレッシュなジュース、前にはバスクでいやスペインではお目にかからなかった四角い食パンとトースター、何枚も食べられてしまう生ハムと普通のハム、お陰で朝から体重超過となった。朝食の会場は夜はバルと化し、酒と生ハムとサンドイッチで充分という具合であり、地元の若者などで夜遅くまで営業していた。また泊まりたい宿だが、その機会が来るかは定かではない。
◆ ザ・バランス
ゲルニカの議事堂は三度目だが、今回も礼拝堂の天井のステンドグラスを撮影した。今回は見事に撮れたが、このステンドグラスは天井一面に漁師が天秤を手に持っている姿である。正義、公平、バランスという言葉を連想する。私どもが本HPを開設する前に紙配信として発行していた事務所ニュースの名称が「ザ・バランス」であったが、このゲルニカの議事堂の天井から採ったものである。バランスの効いた性格、生活、仕事を目指しているが、すべてを達成することは困難である。会計士という職業がら、バランスとは貸借対照表を直ぐに連想しがちであるが、公平正義の会計士と呼ばれたいものだ。
◆ 赤いベレー帽
取材以外の旅の目的の重要な一つが、赤いベレー帽を手にすることだった。初めてきたときに散歩中に出会った、元パルチザンかレジスタンスかは不明だが、深い皺を刻んだ貌の上に乗せた赤いベレー帽のご老人の姿を今でも思い出す。今度こそ買おう、とサンセバスチャンのバルの何軒か隣の店で赤いベレー帽を購入した。2千円少しだったが、何人かはすべて黒いベレー帽を購入した。私が、毎朝の同居犬との散歩に被るつもりだと言うと、皆がよした方が良いよ、という。どこかに連れていかれてしまうという意味かもしれない。来年は私も還暦を迎えるのだから、余計なお世話だ。最もあとで聞くと、赤いベレー帽は何か目出度いときに被るものらしい。しかし今回の旅でもバスクの街中で赤いベレー帽を何人か見かけている。ベレー・ロッホ、いつ被ろうか。
◆ 鰯(いわし)
リスボン近郊の漁村、ナザレの街で昼食に「鰯」の塩焼きを食した。鰯は日本でも最近はあまり食べないが、鰯の炭焼きがメインディッシュである。綺麗なお皿の上に、重々しく鰯が載せられると何故か見事な料理だと錯覚する。もっとも肉料理を中心にグルメをしてきた私らとしては、まさしく美味しい、食欲をそそるディッシュだったことは間違いない。おまけに参加者の一人が持参してきた醤油を垂らしたとすれば、まさに絶品の料理と化し、3匹目も食した連れも少なくない。
◆ 付加価値税
EUでも、日本の消費税に相当する税金が課税される。我々外国人も物を買えば16%の付加価値税を上乗せされるのだが、我々外国人は還付手続をすれば払った付加価値税が戻ってくる。昔は国毎にこの手続をする必要があったが、ユーロ経済圏域となった今日では、ユーロ圏を脱出するときに還付手続を行うことが原則とされている。今回の旅の場合リスボンからヒースローに飛び、成田便に乗り換え帰国することから原則はヒースロー空港で還付手続をするのであるが、トランジットの時間が少ないため、リスボンの飛行場で要求することが出来るという。旅行中にリスボンで私にとっては少々高い土産を買った。約4万円の品物であり日本円で購入したのだが、その店で付加価値税の伝票を入手している。リスボンの空港で搭乗チケットを入手した後、その伝票を持ち付加価値税の伝票検認カウンターに行った。領収書観ずに当該伝票に検印スタンプを押された。いとも簡単であり、そのスタンプ付伝票を直ぐ側の出納カウンターに提出すると、約1割のユーロ通貨が還付された。ものの5分も要しなかった。還付されたユーロは当然に免税店で消費し、きれいさっぱり外貨を費消した。
◆ ファド
旅の最後の夜、リスボンの駅近くのレストランで夕食を取りながら「ファド」を聴いた。私はスペインに何度も来ていて一度もフラメンコを見たことが無く話しか聞いていない。真打ちを見るのは夜中過ぎという説明が足を鈍らしていて、この旅でも他の人々は観に行ったが、私は参加しなかった。しかし、哀愁の調べという「ファド」は聞き逃すわけにはいかなかった。なぜならスペインとは異なりポルトガルへ足を伸ばすことはもう二度とないと悟っているからである。全部で5人の歌手のファドを聴いた。最初の歌手と最後とでは歌もギターも音色が格段と違っていた。以前聴いたことのあるファドは長く、もの悲しい歌だったが、今回の歌は比較的短く、ほどほどの哀愁さに聴こえた。でも店でCDを購入したことで満足した。夜半前に皆と店を後にしたが、まだ残っている人々もいた。その後に真打ちの歌い手が出てきたのかもしれない。
2005/11(坂根 利幸) |
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