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利便性と引き換えに納税者の権利を奪う「電帳法改正」

 デジタル技術の進歩普及は、国民の自由と幸福のために役立てられるべきで、とりわけ弱者に手厚く恩恵があるべきだと思う。ドラえもんが生まれ、セワシ君(のび太君の孫の孫)が暮らす未来社会は、きっとそういった社会なのだと思っている。

 しかし、菅政権が強引に進めている「デジタル改革」なるものは、自らの権力の維持強化のための監視と統制(弾圧あるいは誘導)の仕組みづくりであり、大企業の儲け本位に国民のプライバシー(尊厳)を“活用”できる仕組みづくりである。

 今回は、「デジタル改革」の一環である電子帳簿等保存法改正(電帳法改正)について、利便性と引き換えに納税者の権利を奪う仕組みが作られたと考えているので、その概要を雑記したい。令和3年度与党税制改正大綱をベースにしているが、用語を含めて考察したものではないことを予めお詫びしておく。

 なお、具体的なシステムの機能要件等は複雑難解で、改正について不明な点も多く、その解説をするものではない。

 電帳法改正は、2022(R4)年1月1日から基本的に適用されるのだが、具体的詳細は2021(R3)年8月公表予定のFAQを待てといわれている。実際にどうなるのか国民が知らないまま法律だけは成立させてしまう。およそ法治国家と呼べないような事態が、第二次安倍政権以降長らく続いている。この状況を変えることが、まずもって重要だろう。

 

(1)制度の対象

 税務調査等で開示が求められる主要なものが国税関係帳簿書類である。“帳簿”と“書類”は概ね下記のとおりだが、適切な申告納税の検証確認のために、法定された一定期間の保管が義務づけられており、青色申告の条件になっている。

これらを電子データで保存する場合のルールが電子帳簿等保存法である。

 ・帳簿:元帳、仕訳帳、売上仕入帳、固定資産台帳、賃金台帳など

 ・書類:損益計算書、貸借対照表、棚卸表、請求書、領収書、契約書など

 加えて、電子取引(書面を介さず、電子データで成立する取引のイメージ)に係る情報の保存ルールも本法の範囲である。

 

(2)“帳簿”と“書類”に関する改正 ~要件緩和とデータ収集のフリーハンド

 現状の制度は、データの改ざん等が生じ得ない電算システムとチェック体制が、いわばフルスペックで備わっている場合に、税務署長の承認を受ければ電子データで保存できるイメージである。

 改正により、現状の承認要件を緩和した新要件で、申請や届出の手続きなしに電子データで保存できることになる。修正履歴や検索機能のハードルを下げるイメージで、概ねメジャーなソフトウェアと機器等が導入されていれば新要件を満たすように思われる。

 しかし、重大なのは、新要件により電子データで保存することと、税務調査等で電子データを税務署職員にダウンロードさせる同意がワンセットになっていることである。ダウンロードを拒否すれば、法定要件を欠くため罰則規定により伝家の宝刀である青色申告取消ということもあり得る。

これまで課税当局は、帳簿書類の開示について、納税者の理解と協力を前提としていた。たとえば、国税通則法改正のFAQでは、「~強権的に権限を行使することは考えておらず~納税者の方の理解と協力の下、その承諾を得て行う~」「~電磁的記録である場合には~画面上で調査担当者が確認し得る状態にしてお示しいただく~」としている。今回の電帳法改正は、有無を言わせずデータ収集ができる強権を課税当局に与えたのである。

なお、現状のフルスペックの要件を満たす場合は、「優良電子帳簿」として届出をすることができる。その場合は、データ収集を強制されないと考えられる。ただし、承認制度ではなく届出制度であり、税務調査等で機能不足等が指摘されれば、ダウンロードに同意しない限り、その電子データは税務上保存義務がある帳簿として認められないことになる。

 

 では、現実的な対応をどのように考えるか。個人的には、電子データによる保存は利便性とコスト面から非常に魅力的だが、「優良電子帳簿」の要件を確実に備える場合を除いて、安易に電子データによる保存を採用することは避け、適切に紙原本を保存するのが現時点では適当だと考える。

 

(3)電子取引に関する改正 ~書面保存の廃止とデータ収集のフリーハンド

 現状の電帳法では、電子取引をおこなった場合、これを出力した書面で保管することが容認されている。今回の電帳法改正で、出力した書面による保存が認められなくなり、電子取引データ自体を要件に従った方法で保存することが必要になる。改正の適用期日になれば自動的(強制的)に書面保存が認められなくなるのである。

 請求書の発行側はシステム化が進んだ分野だろうが、請求書を受け取る側としては、難しい検索要件が含まれ新たな文書管理システムの導入等が必要になると思われる。

ここでも登場するのが、ダウンロードに同意すれば要件充足に替えられる仕組みである。

 

 特に重大なのはメールの添付書類である。メールデータの保存だけだった場合、出力した書面は無効で、かつ、メールデータも保存要件を欠くことになろう。今回の改正で、要件を欠いた電子データでも保存しなければならないという記述がわざわざ追加されている。その意味は、保存要件を欠いたメールデータもダウンロードして持ち帰るという意味ではないだろうか。その際、ダウンロードされるのは特定の取引データだけとは考えにくく、網羅的な検証と称して、そのサーバー等の全データになるのではないか。そうなれば、秘匿されるべき組織内の営業機密等も個人的なプライバシーも丸裸である。

 

 では、メールの添付書類等について現実的な対応をどのように考えるか。悩ましいが、個人的には要件を満たすシステムを構築するか、正式な取引は紙原本でおこない保存を徹底するかだと思われた。ただし、課税当局も短期間で激変に対応させる困難は承知しているはずで、経過措置等を含めて何らかの手当がされると思われる。公表される詳細を注視する必要がある。

 

(4)フリーハンドは戦前への逆行

 以上が概要だが、自主的申告納税(憲法の原則)の根本を否定する内容を含む重大な問題だと思う。日本国憲法のもと、戦前の賦課課税制度は否定され、自主的申告納税制度が打ち立てられた。主権者である納税者に、自らの租税債務を確定する権利を認めたのである。

 したがって、納税者がおこなった申告手続は誠実に行なわれたものとして尊重されなければならいし、納税者のプライバシーは守られなければならない。そして、税務調査は、自主的申告納税制度の秩序を維持するために、指導的効果を持つものでなければならない。

 もちろん仮装隠蔽や脱税を擁護するものではないが、“情報を全部よこせ、判断するのは税務署である”では戦前への逆行である。

 

 また、民主団体や市民運動に対する監視と弾圧は、沖縄の基地建設反対運動への妨害行為や、自衛隊による住民監視をみても明らかなように激しさを増している。税務調査で収集される情報もそうだが、権力機関の職員個人には守秘義務があっても、権力機関はブラックボックスであり守秘義務は有名無実で、意図的な情報リークさえおこなわれている。風力発電施設建設計画の反対派住民を警察が監視し、収集した情報を事業会社にリークする事件もあったし、官房長官が政権に不利益と見た文科次官個人のプライバシーをリークしてはばからない状況である。

 与える必要の無い情報は、権力機関に与えないという警戒意識は一層大切になっていると思われる。同時に、権力機関(企業もだが)に収集された情報が、好き勝手に使われないよう厳格に保護される法制度こそが必要であり、その実現にむけた取り組みを進めたいと思うのである。

以上

 

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