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現代社会での非営利・協同事業組織の存在意義

 現代社会の基本構造は、特に先進資本主義国において、多額の資産を有する少数の富裕層と経済的困難を抱え厳しい生活を強いられる圧倒的多数の一般庶民とに大きく分裂していることが特徴である。特に21世紀に入って、新自由主義、市場原理主義的経済政策が導入されて以来、すなわち資本主義経済の本質的志向があからさまに提起され実行されるようになって以来、その深刻化の度合いは大きい。日本における生活保護世帯の急増、非正規社員やいわゆるフリーターの急増は、そうした政策実行の反映である。アメリカにおけるドナルド・トランプの登場は、こうした問題をさらに深化させるものと危惧される。
 これらに抗して、日本においてもまじめな非営利・協同の事業組織は、一般庶民と連帯する立場で運動し事業活動を遂行してきた。その結果、様々な困難はありつつも発展し、いくつかの分野では一定の社会的位置を占めるにいたっている。
 ここでは、そうした非営利・協同事業組織の現代社会での存在意義について、社会の民主的変革という少し広い視点から私見を述べたいと考える。

1、マルクスの見解

(1) なぜマルクスか

 カール・マルクスは、19世紀に勃興した資本主義に対する根本的批判者として社会革命を提起した思想家、運動家である。現代社会は19世紀半ばから150年以上が経過し大きく変容しているが、主要先進国が資本主義社会であることは変わっておらず、その本質的構造は変わってはいない。
 また、非営利・協同組織の社会的役割について、まとまった形ではないが社会そのものの変革の視点で、また、単なるユートピアとしてではなく科学的に論じているのは、私が知る限りマルクスが最初である。19世紀当時には協同組合が非営利・協同の事業組織として本格的に登場した。ロバートオーエンにより提唱され、ロッチデール協同組合による先駆的実践が進められたのはマルクスが生きた時代であった。
 なお、誤解のないようにいえば、マルクスがめざしたものは貧困や健康不安のない民主的で真に自由な社会としての社会主義であると考える。旧ソ連のような国家統制社会ではなく、また、資本主義を無批判に摂取しつつ政治体制として非民主主義路線をとる現代中国社会でもない。
  
(2) マルクスの見解(日野秀逸著「マルクス・エンゲルス・レーニンと協同組合」を参考にした。)

 マルクスは非営利・協同組織の内の協同組合について論じている。しかし、ここでは、非営利・協同の事業組織全般としてとらえる。その理由は以下の2点からである。

ア 現代では非営利・協同の事業組織は、協同組合という法人形態を超えて、npo、公益法人、社会福祉法人、医療法人、労働組合(共済事業)、法人格なき団体や場合によっては民主的な目的、所有、運営を志向する株式会社といった形で広がっている。
イ 一方でマルクスの時代には、そうした事業組織の法人形態はロバートオーエン等による協同組合以外にあまりなかったと推定される。また、マルクスの時代には、医療、福祉等を含むいわゆるサービス事業分野が営利資本も参入するような経済市場として発展していなかったと推定される。

a 資本主義変革の諸力の一つであり、変化の可能性を実際に示す

 「われわれは、協同組合運動が、階級敵対に基礎をおく現在の社会を改造する諸力の一つであることを認める。この運動の大きな功績は、資本にたいする労働の隷属にもとづく、窮乏を生み出す現在の専制的制度を、自由で平等な生産者の連合社会という、福祉をもたらす共和的制度とおきかえることが可能だということを、実地に証明する点にある。」
(「個々の問題についての暫定中央評議会代議員会(第一インターナショナルの–根本注)への指示」1867年 マルクスエンゲルス全集第16巻p194~195)

 マルクスは、非営利・協同の事業組織が、強者生存の法則が貫く資本主義社会を改造する一翼を担うこと、福祉をもたらす社会が可能であることを実際に示すと述べている。

b 生産活動において資本家が不要であることを示す
資本家が不要であることの証明→労働者の経済組織運営能力の向上

 「イギリスの俗物新聞「スペクテータ」—-は、ロッチデール協同組合の実験の根本欠陥として次にようなことを発見している。「これらの実験は、労働者の組合が売店や工場やほとんどすべての形の産業を成功裏に管理することができることを示したし、また労働者の状態を大いに改善もしたが、しかし、そのとき、それは雇い主のためのあいた席を残さなかったのである。」なんという恐ろしいことだろう!」(資本論第一巻 p351(原書ヴェルケ版))
 「協同組合工場は、資本家が生産の機能者として余計になったということを証明している」
(資本論第三巻 p400(原書ヴェルケ版))

マルクスの当時、生産手段を握る資本家が利益を独り占めするのは、経営者としての職能による正当な対価であるという論理がさかんに主張された。(現代でもとくにアメリカでそうであり、日本でもそうした風潮が強まっているが。)これに対しマルクスは、ロッチデール協同組合についての雇い主の席の無い経営についての新聞記事を示し、資本家による経営者としての職能など不要であることを示した。そして、そのことは資本家にとって「なんと恐ろしい」と皮肉交じりに述べている。

 「協同組合工場の場合には監督労働の対立的性格はなくなっている。というのは、管理者は労働者たちから給与を受けるのであって、労働者たちに対立して資本を代表するのではないからである。」(資本論第三巻 p401(原書ヴェルケ版))

マルクスは、協同組合工場では資本家はおらず、管理者も労働者になることから、監督労働の労働者支配的性格はなくなっていると述べている。

c 一方で協同組合「主義」の限界を指摘し、注意を喚起している

 「しかし、協同組合制度が、個々の賃金奴隷の個人的な努力に限られるかぎり、それは資本主義社会を改造することはけっしてできないであろう。社会的生産を自由な協同組合労働の巨大な、調和ある一体系に転化するためには、全般的な社会的変化、社会の全般的条件の変化が必要である。」(「個々の問題についての暫定中央評議会代議員会(第一インターナショナルの–根本注)への指示」1867年 マルクスエンゲルス全集第16巻p194~195)

 マルクスは、協同組合制度のみの発展だけで自動的な社会変革はできないと述べ、協同組合主義的考え方を批判している。

 「労働者が協同組合生産の諸条件を社会的な規模で、まず最初は自国に国民的規模でつくりだそうとするのは、現在の生産諸条件の変革のために努力するということにほかならず、国家の補助による協同組合の設立とはなんのかかわりもないものである!また、今日の協同組合についていえば、それは政府からもブルジョアからも保護を受けずに労働者が自主的につくりだしたものであるときに、はじめて価値を持っている。」(ゴータ綱領批判 1875年 マルクスエンゲルス全集第19巻 p27)

 ゴータ綱領批判は、当時のドイツ社会民主党の結成に関わる新綱領案に対するマルクスの批判文書であり、上記の記述は、新綱領案での政府から協同組合への補助を要求するという規定への批判として述べられている。日本でも農協などが政府からの補助金等に縛られて長い間自民党の「後援」をさせられてきた例や、社会主義を目指したとされる旧ソ連のコルホーズや中国の人民公社が強力な国家統制の中で有名無実化した歴史は、これに当てはまるのではないだろうか。

2、現代社会での存在意義

 上記のマルクスの見解を踏まえて、現代における非営利・協同の事業組織の社会的役割、存在意義について考えてみたい。私見では以下のように考える。

a 市民の福祉、生活向上への貢献

何よりもまず、非営利・協同事業組織が一般庶民の実際の生活や健康の向上の面で貢献することがあげられる。資本主義社会での生活の貧困化、医療・福祉政策の後退の中でも、営利を求めず、困難を抱える人々への事業を通じての支援を行うことにより、これ以上の貧困化を食い止めたり、国民の福祉や生活の向上に役立っていくことができる。

b 非営利・協同組織への社会的信頼を高め、市民を結集する

 aのような事業活動を通じて、事業活動を行う地域住民からの非営利・協同事業組織への信頼を高め、併せて消費者、利用者、協力者、ボランティア、出資者、運営参加者等の形でそうした人々を結集していくことができる。

c 政府、営利企業等への批判、経済的規制

 aのような事業活動を通じて、国民の福祉や生活向上を阻害している政府の政策や営利企業による非営利・協同事業組織の活動への妨害に対する批判を強め、組織化し、その改善のための政策実現や営利企業に対する経済的規制を実施していく一翼を担うことができる。

d 非営利・協同事業組織で働く労働者の生活、権利を守り向上させる

 非営利・協同事業組織で働く労働者の生活、権利を実際に守り、向上させていくことで、営利大企業が国民福祉の上でも不要であることを示す。
 現実には独占大資本との競合の中で非営利・協同事業組織自体が収奪されており、そうした要因等によって非営利・協同組織の労働者が営利大企業の労働者との比較で労働条件上の大きな優位性を持っている状況には、残念ながらない。しかし、非営利・協同組織が基本的にリストラ等を行わず、いわゆるブラック企業のようなはなはだしい人権侵害から労働者を守っていることも事実である。
 非営利・協同事業組織が独占大資本からの収奪に抗し、一方で労働者の非営利・協同組織構成員としての自覚を求めながら、また、市場競争の中で事業の効率化をはかりながら、その実現を目指していくことが期待される。

e 非営利・協同組織での事業運営、管理能力の向上

 非営利・協同組織で働く労働者やその運営参加者が運営管理能力に熟達していくことで、競争市場の中で組織の維持、発展をはかり、あわせて働く労働者の労働条件を引き上げられるような管理運営能力を営利大企業経営者に代わって労働者自身が獲得していくことができる。
 ただし、その運営管理システムは営利大企業のようないわゆるトップダウンではなく、民主的運営に基づく適切な分権管理のシステムを構築していくことがその実現のためのキーポイントと考える。すでに一部の非営利・協同組織において実践が始められているが、営利大企業とは異なる非営利・協同組織に適合した運営管理システムを探求し、構築していくことが期待される。
 あわせて現状では、非営利・協同事業組織が日本経済の中枢を担う大規模生産組織を運営してはいないが、そうした領域への発展も展望して、資本主義大規模金融システムに対抗する資金調達運用システムや計画と投資、製造販売のシステム、健全な市場形成や海外進出方法等非営利・協同組織として営利企業とは別のシステムの探求が期待される。

f 地域住民等との社会的連帯と諸運動の強化、一方で政府等からの独立性の確保

 非営利・協同事業組織として、事業活動と並行しての地域住民等との連帯のための活動、国民生活、福祉改善のための諸運動といった面で社会的連帯を強め、運動を強化するための一翼としての役割発揮が期待される。あわせて、政府等権力から独立し、地域住民、働く労働者、消費者利用者等の参加による自立した民主的な運営を進めていくことが期待される。

根本 守

 

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