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医療活動をおこなう法人における退職給付会計

 病院・診療所などの医療施設を開設する主体は、国や都道府県、市町村等の公的医療機関をはじめ、公益法人や医療法人、医療生協、個人等々非常に多岐にわたります。それぞれ異なる根拠法令に基づく会計基準を有しておりますが、本レポートでは、公益法人・医療生協・医療法人のそれぞれに関する退職給付引当金の計上方法とその問題点を報告します。

1. 原則法と簡便法

 退職給付引当金の計上方法には2通りの方法があります。

・原則法
 将来の退職給付のうち当期の負担に属する金額を計算するために、退職時に見込まれる退職給付の総額について合理的な方法により各期の発生額を見積もり、これを一定の割引率および予想される退職時から現在までの期間に基づき現在価値額に割引く方法

・簡便法
 期末の退職給付の要支給額を用いた見積もり計算をおこなう方法

 原則法による退職給付債務の計算は複雑な計算過程を経ることもあり、一般的には年金数理の専門家であるアクチュアリー(保険数理人)が在籍している計算機関に手数料を支払って計算を委託するケースが多くなります。
 企業会計基準では、従業員数が比較的少ない(300人未満)小規模な企業など合理的に数理計算上の見積もりをおこなうことが困難である場合には、簡便法によることを認めています。

2. 退職給付引当金の計上方法の整理

(1) 公益法人の場合
 公益法人会計基準の運用指針には、企業会計基準と同様の取扱いであることが示されています。よって原則法の適用が基本となりますが、300人未満の場合は簡便法によることが可能であるほか、原則法により算定した場合の額と簡便法による期末要支給額との差異に重要性が乏しいと考えられる場合には簡便法によることができるとされています。

(2) 医療生協の場合
 医療生協の場合、施行規則66条において、「一般に公正妥当と認められる会計の慣行をしん酌しなければならない」旨が規定されています。
ただし、会計監査人を設置していない中小規模の組合にあっては、会計慣行のしん酌に当たり実務的に対応しやすいように「中小企業会計指針」を参照することとされています。「中小企業会計指針」では、退職一時金制度を採用している場合、会社が自ら計算することができる方法として、簡便法により退職給付債務を計算することが認められています。

(3) 医療法人の場合
 医療法人会計基準の運用指針によれば、基本的には企業会計基準と同様の取扱いとされていますが、前々会計年度末日の負債総額が200億円未満の場合には簡便法を適用することができるとされています。

3. 原則法適用の背景

 企業会計において退職給付会計基準が整備された背景には、多くの企業が企業年金制度を採用している中で、積み立てた資産の運用利回りの低下や資産の含み損等により将来の年金給付に必要な資産の確保に懸念が生じたことがあります。こうした資産の不足が企業の年金給付コストを増加させ、財政状況を悪化させるおそれがあることから、企業年金に係る情報は投資情報としても企業経営の観点からも重要と考えられたのです。
 投資家の観点からすれば、投資対象の企業の負債や純資産の額を正確にとらえる必要があるために、原則法を採用して厳密な負債の時価評価を求めることもうなずけます。また、金融市場に身を置く営利の大企業にとっては、こうした投資家の期待に応えるためにも、コストを払ってでも原則法を採用して退職給付債務を確定することに意味があるのかもしれません。

4. 原則法適用の矛盾

 しかし、そもそも「企業の時価」を算定する時価会計は、M&Aや株式投資など企業を売買することが目的であり、いわば企業の「清算価値」を求めるためのものです。よって、事業継続そのものを目的とする非営利・協同の事業体にはまったくなじまないものです。
少なくとも、割引率等の基礎数値の変動によって単年度の退職給付費用が大幅に変動する可能性がある原則法を適用すれば、役職員による経営努力の及ばないところで数理計算の結果が毎期の損益に多大な影響を与えかねず、そうした場合に職員や組合員等から適切な経営状況の認識・理解を得られなくなるおそれが高くなるでしょう(実際に、億円単位での特別損失を計上した医療生協の話も耳にします)。(※)
 他にも、医師をはじめとして人員の流動性が高いことや、そもそも毎期数百万円以上のコストをかけることが困難であるという事情、職員への説明のしやすさ、向こう数年間の動向予測の立てやすさ等を考慮しても、今回取り上げたような法人については原則法による計算はなじまないと考えられ、広く簡便法による会計処理を認めるべきと考えます。

※負債のパラドクス
 補足論点として「負債のパラドクス」の問題もあります。「負債のパラドクス」とは、簡単に言えば総資産が一定の場合に、負債の時価評価額が下がれば純資産が増加する(利益が生じる)ことを言います。企業の信用が下がるほど借金を返済できないリスクが高まるため、負債の時価が下がり、こうした現象が起こります。実際にリーマン・ブラザーズ社が、経営破綻の近づくなかで巨額の負債時価評価益を計上していたことがかつて大きな話題になりました。企業の経営が不安定であればあるほど利益が計上されるという「矛盾」を負債の時価評価は抱えています。

(田岡 歩)

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