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初学者向けのキャッシュフローの話

1.はじめに

簿記、会計を学び始め、決算書の理解が進んだ方でも財務三表(損益計算書、貸借対照表、キャッシュフロー計算書)の中では、キャッシュフロー計算書の苦手意識があるように思える。ましてや、初学者にとっては、キャッシュフロー計算書自体目にしたことがない、説明を受けたことすらないという方もいるだろう。

確かに簿記の勉強を始めて、キャッシュフロー計算書が初出するのは日商簿記1級(私のころは簿記検定では取扱われておらず、会計士試験の範囲であった)であり、初学者でも損益(利益)が赤字か黒字かということは、感覚的にイメージがわくであろうが、キャッシュフローという単語で???になってしまうだろう。

我々専門家にとっても簿記、会計の素養がある人にキャッシュフロー計算書を教えるのはそれほど困難なことではないが、初学者に教えるのは、少々コツがいると思う。テキストを順番に丁寧に教えたところで、途中で(あるいは初めから)挫折してしまうのが常である。キャッシュフロー計算書が苦手にされる理由は、まず作成技術を教えるからであり、キャッシュフロー計算書の構造や読み方をざっくり理解して、重要な会計情報を感覚的に(身近に)つかめるということを実感してもらうのが先決である。

この観点からキャッシュフロー計算書を身近に感じてもらえるよう、苦手意識を払しょくできるよう私なりの話し方をお伝えする。

 

2.キャッシュフロー計算書とは

 財務三表に含まれる主たる決算書を構成するものであり、決して付随的な決算書ではないが、後発(企業会計でも財務三表に含めたのは1990年代)の決算書である。テキスト的には、キャッシュフロー計算書とは、資金(キャッシュ)の流れ(フロー)を主たる区分ごと(事業、投資、財務)に表した決算書であり、貸借対照表の現金預金残高の増減内容を明瞭表示した決算書である。

 

要するに、資金(現金預金)の増減要因を示すものがキャッシュフロー計算書であり、損益との相関関係はあるものの(当然に利益が多いほど事業キャッシュは多くなるが、黒字だからといって事業キャッシュが大きいということには必ずしもならない)、損益には表れない資金の動きを示すものである。例えば、借金をすればその瞬間資金は増加する。借金をしても損益には表れないが、借入金(負債)が増加しており、将来の負の遺産が増加するのでありツケの先送りである。まさに日本や米国の国家財政のようなものであり、資金が不足すれば(景気が悪ければ)どんどん借金をして見せかけの収支は釣り合っているように見えるのである。また、設備投資をしてもその支払が生じるだけで、設備投資をしただけでは損益には影響せず(その後、減価償却により全く損益インパクトがないわけではないが)、資金が減少するだけである。会計上、借金をしても、設備投資をしても損益には影響せず赤字にはならないのである。庶民感覚からすれば、借金や設備投資はマイナス(赤字)のイメージであるが、会計上は損益計算書には表れず、よって損益には影響を与えず、資金の増減要因になり、よってキャッシュフロー計算書に表れるのである。

この損益と資金の動きの非対称性(完全に連動しない)があるため、損益計算書上の赤字か黒字かだけでは全体像がつかめず、総合的に判断するためにはキャッシュフロー計算書も必要な所以である。

 

3.初学者(一般的な)感覚からすれば

 キャッシュフロー計算書を日常生活に置き換えてみよう。誰でも生活設計をするうえでは、頭の中で実はキャッシュフロー計算書を作成しているのである。すなわち、給料で生活費等を賄い(いわゆる事業キャッシュ)、その残りで住宅ローン(いわゆる財務キャッシュ)を支払い、余力があれば家財の購入(いわゆる投資キャッシュ)をするといった描きもまさにキャッシュフロー計算書である。事業キャッシュの多寡により借入水準も限界があり住宅ローンの水準も決まってくるので、購入できる住宅の上限も見えてくるであろう。

 このように、キャッシュフロー計算書的な思考は、日常生活の中にも溢れており、専門的な知識がなければ理解できないものではなく、至極一般的な感覚なのである。

 

4.法人の経営に当てはめてみると

 経営が厳しい法人に共通するのは、赤字(黒字)の多寡だけでなく、資金繰りが厳しいことである。法人の経営は資金が枯渇すれば倒産してしまうので、資金繰りがカギであり、経営が厳しいということは実は資金繰りが厳しいのである。資金繰りの厳しさは損益計算書ではわからずキャッシュフロー計算書から読み解く必要がある。資金の増減は貸借対照表からも読み取れるが、増減要因をつかまない限り、資金繰りの良し悪しは適切に把握できないのである。極論を言えば、借金をすれば資金は増えるため、借金を繰り返す(自転車操業状態)ことで見た目上は資金繰りが安定しているように見えなくもないのである。

 したがって、資金の増減だけでなくその中身を見ない限り、資金繰りが安定しているかは判断できないのである。

 

5.キャッシュフロー計算書の勘所

 勘所は、生活設計(日常生活感覚)で見た通り、少なくとも事業キャッシュで借入金返済が賄えているかということであり、その残りで設備投資等自由に使うという感覚である。この感覚があれば、いまの経営体力でどれくらいの借金返済が限界か、言い換えれば設備投資の限界額(借入調達できる限界)が見えてくるであろう。このバランスが崩れた時に経営危機に陥るのであり資金繰りに窮するのである。ちなみに損益的に黒字であったとしても、事業キャッシュで借金すら賄えていない法人は結構あり、職員の感覚(黒字で経営的には悪くない)と経営状況(資金繰りに窮しており経営が厳しい)が一致していない法人ほど、経営改善に向けての動きが遅いといえる。

 このことは、損益の多寡(赤字か黒字か)では見えず、キャッシュフロー計算書的な思考が必要な所以であり、その素地は一般感覚として備わっているはずである。

 

6.「フリーキャッシュフロー」の考え方

 キャッシュフロー計算書を学ぶ中で、フリーキャッシュフローという概念が出てくる。一般的には重要視されている概念であるが、上記私の論法からすれば全くそぐわない概念である。フリーキャッシュフローとは、事業キャッシュでまず設備投資を行い、残りは自由に(フリー)使える資金(キャッシュ)であり、その残りで借金等の返済に回すという概念である。事業キャッシュで賄えるかという発想は一緒であるが、まず何から賄うかという考え方が全く異なり、設備投資を最重要視する営利企業(特に大企業)的な会計概念であるといえる。また、庶民感覚からしてもそぐわない概念であろう。なお、米国経済がサブプライムローンで経済破綻しかけた要因は、まさにフリーキャッシュフロー的思考(借金をしてでも消費財を購入し消費する)が元凶である。

 

7.まとめ

 キャッシュフロー計算書を自分で作成しようとすると作成技術を習得しなければならないが、キャッシュフロー計算書の性質と勘所は一般感覚で理解が可能であり、身近なものであるということを初学者にも知ってもらいたい。

 経営状況を知るためには、良い悪い、赤字黒字といった抽象論でなく、科学的にいくら足りない(余力がある)ということを示すためには、キャッシュフロー計算書が非常に重要なのであり、専門的な知識がなくても一般感覚で容易に読み解くことが可能なのである。

 是非、キャッシュフロー計算書に興味を持っていただきたい。その次の段階として、キャッシュフロー計算書の作成技術を学ぶということにつなげていただければ、学習意欲もわいてくるかと思う。

 

(公認会計士 田中淑寛)

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