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医療費控除のための「領収書」の取扱いが変更に
平成29年分の確定申告から、医療費控除にあたり領収書の添付または提示(以下、添付等)が不要となりました。今回は、制度変更の解説に加え、その背景にあるマイナンバー制度についても触れたいと思います。
1.添付または提示が必要な書類の変更
今までは、確定申告にあたって、医療費等の領収書の添付等が必要でしたが、平成29年分の確定申告から以下の(1)から(3)の書類の添付等が必要となります。
(以下の解説は、医療費通知に記載された医療費の額を、「医療費控除の明細書」の「1 医療費通知に関する事項」に記載する方法を前提として解説しています。)
(1) 医療費控除の明細書(添付)
記載事項a:医療費通知に関する事項
「医療費通知に記載された医療費の額」「その年中に実際に支払った医療費の額」
「生命保険や社会保険などで補てんされる金額」を記載します。
【「その年中に実際に支払った医療費の額」の記載上の注意事項】
・医療費通知に記載があっても12月末時点で未払の医療費については除外して記載する必要があります。
・医療費通知の記載対象期間が暦年ではない場合にも注意が必要です。例えば、医療費通知の記載期間が平成28年12月から平成29年11月までの場合には、平成28年12月分の医療費については医療費通知の総額から減額し、平成29年
12月分の医療費について領収書に基づき以下の記載事項bとして別途記載する必要があると考えられます。
・医療機関による請求遅れがあった場合など、医療費通知への記載が間に合わない場合があるため、当該医療費については領収書に基づき申告者自身が実際に負担した額に訂正する必要があります。
・公費負担医療、自治体単独の医療費助成、減額査定など、医療費通知に反映されていないものについては、申告者自身が実際に負担した額に訂正する必要があります。
⇒医療費通知を利用することで、領収書の紛失等による医療費の集計漏れを減らすことができるメリットはあります。その一方で、実際支払額への訂正作業にあたっては、領収書と医療費通知との照合作業が必要になると考えられま
す。
平成29年分から平成31年分までの確定申告については、医療費の領収書の添付等する方法(従前の方法)によることもできますので、医療費通知の修正が多く煩雑な場合には、従前の方法で申告することも考えられま
す。
記載事項b:上記a以外の医療費の明細
上記a以外の控除対象医療費(通院の交通費など)を記載します。
⇒領収書の添付等は不要になりましたが、明細の作成は従前と同じく必要です。
なお、例年ですと確定申告が始まる前に「医療費控除の明細書」のエクセル版が公開されます。
(2) 医療費通知(原本の添付)
例:健康保険組合等が発行する「医療費のお知らせ」
上記の(1)記載事項aに対応する資料として原本を添付します。
⇒今までは通院等ごとの全ての領収書を添付等していましたが、医療費通知のみ添付になります。
(3) 特定の費用については、それぞれの必要書類(添付等)
特定の費用については上記(1)記載事項bとして記載したうえで、必要書類の添付等が必要です。
例:指定運動療法施設の利用料金→「運動療法実施証明書」の添付等が必要
2.手続上の留意事項
(1) 平成29年分から平成31年分までの確定申告については、医療費の領収書の添付等する方法(従前の方法)によることもできます。
(2) 明細書の記入内容の確認のため、確定申告期限から5年間、税務署から領収書の提示又は提出を求められる場合がありますので、領収書はご自宅等で保管してください。なお、医療費通知に係る領収書の保存義務はありません。
(3) 医療費控除の申告は過去5年分さかのぼって行うことができますが、平成28年度分以前の申告は従前の方法で行うこととなります。
3.セルフメディケーション税制との関係
医療費控除を受ける場合は、セルフメディケーション税制による医療費控除の特例を受けることができません。
医療費控除は、診察料等のほか、薬局で購入した薬代が10万円以上でも対象です。一方で、セルフメディケーション税制は年12,000円以上購入したスイッチOTC医薬品のみが対象となります。両方にあてはまる場合は有利な一方を選択する必要があります。
なお、セルフメディケーション税制の場合も一定事項の記載のある明細書添付が要件であり、領収書の添付等は必要ありません。
4.マイナンバー制度との関係
以上で解説してきた医療費控除の申告方法変更は、マイナンバーの機能拡充を見込んだものです。具体的には、マイナンバーカードを使って利用するサイト(マイナポータル)に保険適用医療費データを取り込み、電子申告につなげるというマイナンバーの機能拡大を前提にした変更です。
現時点では、インターネットを使用して健康保険組合等の保険者から通知を受けた医療費通知情報(保険者の電子署名と電子証明書が付されたもの)が医療費通知に含まれるとされていますが、保険者が医療費通知電子化にどれだけ対応しているか、また、保険者とマイナポータルとの連携がどの程度進んでいるかが不明確であり、今後の動向が注目されます。
本来、現行制度内で医療費控除に係る手続を簡略化する意図のみであれば、控除のための資料として紙媒体の医療費通知を採用すれば十分と考えらます。しかし、医療費通知電子化は、明らかに個人の所得情報と医療情報のマイナンバーによる一元管理を見据えたものであり、マイナンバーという制度自体に問題が多いなかでは医療費通知の電子提出についてもその危険性を認識したうえで、慎重を期すべきと考えられます。
5.最後に
マイナンバー制度拡充を背景とした医療費控除申告書類の簡素化ですが、手続上の煩雑さは減少する可能性もあり、医療費集計漏れを防ぎやすくなったため、納税者にとっては利用しやすい制度になった面もあります。
一方で、利用しやすくなったことにより、医療費控除による還付申告を行う納税者は増加すると考えられますが、所得控除であるため税率の高い高所得者ほど大きく恩恵を受ける制度であることを忘れてはなりません。また、「担税力無きところに課税せず」という所得税のあるべき姿を実現するための所得控除機能に着目するならば、一部の介護サービスや福祉用具等については担税力が疑問視されるにもかかわらず医療費控除の対象外となっている現行制度は機能不全があると言えるでしょう。
いずれにせよ、累進課税による所得再分配機能や担税力に即した課税に対する逆進をおこさないような制度設計になることが望まれます。
(雛鶴 義男)