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非営利・協同組織において労働者は搾取されているのか

はじめに

 

 春闘の季節になった。政府の新自由主義的経済政策のもとで所得格差の広がりは顕著であり、非正規雇用や生活保護の増加といった形での貧困化が急速に進んでいる。それに抗して労働者は大幅な賃金アップをかちとっていくことが求められている。そしてこのことは、国民生活を守り、若者に未来の展望を与え、ひいては日本経済の新たな発展のためにも不可欠と考える。

 われわれが関与する非営利・協同組織でも、そこで働く労働者は労働組合に結集し、春闘がたたかわれる。経営や会計についての支援を使命とするわれわれは、当然ながら労使の交渉に直接かかわる立場ではなく、個別の課題に意見をさしはさむことは控えている。 しかし、非営利・協同組織の財政状況、経営状況の改善という視点から、間接的には労働条件等につき関心をもつこととなり、労使の議論につき話を伺うことはある。そこでは基本的には非営利・協同組織を守り、また、働く人々の諸権利を守る立場で真摯な議論が行われているものの、残念ながら一部に不毛とも思われるような論争がおこなわれている事例もみられる。

 非営利・協同組織の健全な発展を願う立場から、議論の整理として、そこで働く労働者に対する搾取の有無という点に絞って私見を述べてみたい。

 

 

1、非営利・協同組織の労働者は搾取されているか

 

(1) 搾取の意義

 

 資本主義社会においては、資本家(生産手段を所有する者)と労働者(生産手段を所有せず自らの労働しか売るものがない者)との階級関係が支配的に存在し、資本家が労働者を搾取する生産関係をもとに経済活動が行われ、さらにそれを基礎(下部構造)として政治、法律、文化等(上部構造)が規定されている。

 すなわち、資本主義の基盤である商品経済では、商品の価値はその生産にかかる労働に基づいて決定し他の商品と等価交換されるが、資本家が労働者に支払う労働力商品だけはその最低限の再生産(ぎりぎりの生活)に必要な賃金しか支払われず、労働の価値と労働力商品の対価との差額である不払労働部分は資本家のものとなる。これが資本家による労働者に対する搾取であり、労働者への搾取の結果資本家が合法的に取得したものが剰余価値である。資本家は搾取した剰余価値を利潤に転化させ、その利潤から高額な役員報酬、配当利益、株式の評価益売却益を享受する。さらに利潤を資本に再投下し、増殖させていく。 したがって、労働者が資本家に対し本来の不払労働分の返還を求めること=利潤を賃上げ原資として求めることは、剰余価値が本来資本家ではなく労働者に帰属すべきものであるがゆえに、当然の要求である。

 なお、日本において、非営利・協同組織は主要に流通業や医療福祉等のいわゆる人的サービス業という形で事業活動を行っているが、そうした業態では「労働者搾取の発見者」であるマルクスが著書資本論において「搾取はないといっている」との見解もたまに見られる。確かに資本主義社会の科学的分析を行ったマルクスは、資本論において労働者の搾取は製造業の生産過程で発生しているものとして扱い、流通業やサービス業で働く労働者をその論述の視野に入れてはいない。しかし、そうした業態での搾取を否定した訳ではなく、資本主義的生産様式分析の純理論として資本論を展開したこと、マルクスの時代(19世紀)の資本主義はそうした分野への本格的進出がされていなかったことの反映と理解すべきと考える。

 

(2) 非営利・協同組織においても搾取はあるのか

 

 非営利・協同組織も、資本主義社会の中で労働者を雇用し、一定の経済活動を行っている。経営者として法的に定められた役員がおり、また、非営利・協同組織の一つの法人形態である協同組合には出資者=農協の場合農家、消費生協の場合消費者も存在する。したがって、一見すると資本主義的営利企業と同じと理解しがちである。

 しかし、非営利・協同組織には資本家は存在しない。法的な役員は実質上組織内の職制(役割)にすぎず、その報酬も労働者の給与体系の延長上に位置している場合がほとんどである。また、非営利・協同組織にはそもそも出資が存在しないところが多く、そうした組織では出資配当や株式譲渡益等は生じない。出資者が存在する協同組合についても、多数の農家や消費者はとうてい資本家とはいえない。出資配当があるとしても実態的には利用割戻、預金利息程度である。

 つまり、非営利・協同組織においては労働者を搾取する対象である資本家がおらず、それに代わって、働く労働者自身や関係する生産者、利用者が運営主体となっている。この為、資本主義的営利企業のような搾取関係は原理的に生じえないと考える。

 この点でマルクスは、抽象的ではあるが、非営利・協同組織における搾取関係の有無について以下のように述べている。

 

 「労働者たち自身の協同組合工場は、古い形態のなかではあるが、古い形態の最初の突破である。といっても、もちろん、それはどこでもその現実の組織では既存の制度のあらゆる欠陥を再生産しているし、また再生産せざるをえないのではあるが。しかし、資本と労働との対立はこの協同組合工場のなかでは廃止されている。」(資本論第三巻p456(原書ヴェルケ版))

 

 マルクスはこの後の文章で協同組合工場は「資本主義的生産様式」を「積極的に廃止する」とも述べており、非営利・協同組織内では様々な欠陥はありつつも搾取関係は廃止される、との見解と理解される。

 

(3) 非営利・協同組織の利潤

 

 こうした見解を述べると、「それでは非営利・協同組織においても利潤があるのはなぜか」といった反論がでてくることが予想される。確かに、資本主義経済において企業の利潤は本質的には労働者の搾取の結果としての剰余価値であると前述しており、それと非営利・協同組織での利潤の発生とは矛盾する。

 しかし、現実に非営利・協同組織で獲得する利潤は、労働者から搾取した剰余価値ではない。非営利・協同組織においてもその事業を円滑に進め、発展していくためには一定の運転資金や設備資金が必要であり、その原資(自己資金)としてある程度の利潤は必要である。いわば労働者の共同拠出分としての利潤であり、それを働く労働者等と協議しながら計画的に確保することが、資本主義社会において、さらに将来の資本主義廃絶後の社会においても、非営利・協同組織には必要である。

 この点でもマルクスは、労働者の搾取をなくした後、すなわち資本主義廃絶後の展望として、以下のように述べている。

 

 「資本主義的生産形態の廃止は、労働日を必要労働だけに限ることを許す。(剰余労働0=搾取0を意味する:根本注)とはいえ、必要労働は、その他の事情が変わらなければ、その範囲を拡大するであろう。なぜならば、一方では、労働者の生活条件がもっと豊かになり、彼の生活上の諸要求がもっと大きくなるからである。また、他方では、今日の剰余労働の一部分は必要労働に、すなわち社会的な予備財源(高齢者、児童福祉等の財源のこと:根本注)と蓄積財源(拡大再生産のための:根本注)の獲得に必要な労働に数えられるようになるであろう。」(資本論第一巻p552(原書ヴェルケ版))

 

 このように、マルクスは資本主義廃絶後の社会においても一定の蓄積財源が必要となること、その原資は搾取の対象である剰余労働ではなく必要労働となることを述べている。非営利・協同組織が労働者の搾取なしに、労働者の合意を得て、再生産のための蓄積財源=利潤を確保することは、理論的にありうるし、必要でもある。

 

 

2、非営利・協同組織の労働者が厳しい生活を強いられているのはなぜか

 

 それでは、非営利・協同組織の労働者が、その他の資本主義的営利企業等で働く労働者と同様に厳しい生活を強いられているのは一体なぜだろうか。確かに、非営利・協同組織はいわゆるブラック企業のような過重労働を強いることはないし、リストラ等も行わないが、資本主義的営利企業よりも多額の(理論的には営利企業で搾取されている剰余労働分多いはず)賃金が支払われている訳でもない。営利企業労働者と大きくは変わらない経済状態となっているのはなぜだろうか。

 その原因は、一言でいえば、資本主義経済の中で非営利・協同組織そのものが資本主義的企業等から収奪を受けているからであると考える。

 

(1) 資本主義的営利企業との取引を通じての収奪

 

 資本主義社会において、非営利・協同組織は自己完結型に存在してはおらず、その意味で孤立したユートピアではない。資本主義的営利企業と競争し、様々な経済活動を行いながら

存在している。

 この過程の中で、そうした資本主義的営利企業から収奪されている事例は多数見られる。仕入先の営利企業から不当に高い価格で材料を押し付けられる事例、逆に売上先の営利企業から不当に低い価格で買いたたかれる事例、施設建設工事費についてとんでもない単価で契約させられる事例等は頻繁に見られる。また、非営利・協同組織が営利的な競争企業の市場占有を目的とした価格引き下げに対応して、赤字覚悟で受注するような事例も発生する。

 特にマルクス死後、20世紀以降の資本主義の発展の中では、特定の生産、流通市場を数社で占め、それらが任意に価格等の取引条件を操作できるような独占資本が市場を支配する構造(独占資本主義)になって以来、「自由競争」なるものは形骸化し、とりわけ大企業と中小企業、非営利・協同組織との間では不平等な取引関係が生じているのは周知のことである。

 こうした取引の中で、非営利・協同組織が資本主義的営利企業から収奪を受ける。その結果として、非営利・協同組織の財政を圧迫し、そこで働く労働者の賃金を圧迫することになる。

 

(2) 金融資本からの収奪

 

 同様に20世紀以降金融資本が巨大化し、企業集団を形成したり、直接間接の資金調達に介在して利潤を吸い上げ、資本の増殖を促進する役割を果たしている。非営利・協同組織でも事業活動の上で金融資本との取引は不可欠であり、利子、手数料等の形で利潤を収奪されている。「銀行は雨の日には傘を貸さない」のである。

 また、金融資本は、1980年代終わりのバブル経済に見られる通り不動産価格のつり上げ等を主導しその自己崩壊により国民経済全体に多額の損失を生じさせたが、そうした事態は非営利・協同組織の利潤を含む国民全体から収奪した資金を紙くずにしたといえる。

 

(3) 国家の介入(不当な公定価格、資本家への支援、税制、法的制度(社会保障等))

 

 20世紀以降、国家独占資本主義段階に至ると、国家が積極的に経済活動に介入してくる。

資本主義的営利企業への支援のためあらゆる国家政策が策定、実施され、非営利・協同組織が本来あるべき収入や支出からかい離し、国家から収奪される関係が生じる。

 例えば、日本では医療保健分野について国家が定める公定価格が決められている。公定価格自体は国民皆保険制度を守るために必要であるが、公定価格が不当に低く、また、公定価格の中味は、製薬会社に有利な薬価や、材料費偏重で働く医療労働者の労働を低評価する技術料、といった構造となっている。

 また、国家財政上歳入分野では大企業の利潤増大を目的とした法人税減税、消費者だけでなく非営利・協同組織にも過重な負担を強いる消費税制度が実施されており、歳出分野ではゼネコンをもうけさせるだけの財政支出、大企業偏重の補助金支出が行われている。

 さらに、国が運営する社会保障分野においても、年金等で集められた基金を株式投資等資本主義的営利企業に供給する役割も果たしている。

 以上、国家の介入により、直接間接に非営利・協同組織は収奪を受けている。

 

(4) その他

 

 その他、非営利・協同組織は一般に中小規模であり、競合する資本主義的営利企業との比較で設備投資等不十分な状況により生産性が低く、市場での価格競争で劣勢となり利潤を減らす事態が見られる。いいかえるとそうした生産性の低い分野を非営利・協同組織が担わされている側面もあるであろう。その結果、価格競争の中で資本主義的営利企業から収奪される。

 また、資本主義的営利企業が働く労働者の搾取や中小企業、非営利・協同組織からの収奪により獲得した利潤を、営利企業一部管理者等に分配する結果、独占大企業の賃金水準が相対的に高くなるという現象も見られる。

 

 以上、非営利・協同組織内部において搾取関係がないとしても、資本主義社会の枠内においては労働者の諸権利が侵害される事態を免れることはできず、非営利・協同組織の労働者もその例外ではない。

 

 

3、非営利・協同組織労働者のたたかいの方向

 

 労働者がその生活向上と職場での権利を守り発展させたいと願うことは非営利・協同組織においても変わることはない。団結して職場や社会で主張し、たたかうことは当然の権利である。

 ただし、以上の点を踏まえると、非営利・協同組織で働く労働者が賃金の引き上げや労働条件の改善のためにたたかう方向は、資本主義的営利企業とは異なる特徴点があると考える。

 

(1) 経営者との協同し、非営利・協同組織の存続、発展とそこで働く労働者の生活向上の ためにたたかう。

 

 非営利・協同組織においては労働者を搾取する対象である資本家がおらず、資本主義的営利企業のような搾取関係は原理的に生じえない。一方で組織そのものが資本主義的大企業等より収奪を受けている。したがって、労働者の生活向上のためにたたかう相手は、基本的には非営利・協同組織の経営者ではなく、収奪しているものたちである。

非営利・協同組織が国や資本主義的大企業から収奪されている剰余を取り返すたたかいがより必要となる。

 この点で、非営利・協同組織の経営者との協同しての取り組みが特別の重要性を持つと考える。

 

(2) 経営に対する提言、効率化のための協力

 

 非営利・協同組織であっても、市場経済の競争関係の中で事業活動を遂行している。競合する資本主義的営利企業との間で、生産性等劣っている点は改善しなければ非営利・協同組織の存続と発展、働く労働者の生活向上は図れない。

 この点は第一義には非営利・協同組織の経営者の役割である。しかし、労働者も関心を持ち、効率化のための提言を行ったり、必要に応じて協力することもありえる。なおその前提として、非営利・協同組織の財政運営状況について、経営者から適時、適切に開示を受けることが必要であり、経営者は労働者に対する財政状況の情報開示を積極的に進めていくことが求められる。

 

(3) 経営者の誤った政策(労働者への不当な賃下げ、リストラ等)へのたたかい

 

 非営利・協同組織では原理的に起こらない事象ではあるが、残念ながら経営者がその役割を大きく逸脱し、実質上労働者の搾取が生じることはありうる。非営利・協同組織の経営者が不相当に高額な役員報酬を受け取る、労働者が生活できないような賃下げを行う、大規模なリストラを行うといった事態である。

 こうした事態が発生した場合には、例え非営利・協同組織であっても、労働者はその経営者に対してたたかい、是正させるべきことが当然必要である。

 

(根本 守)

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