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病院等医療機関を運営する公益法人における収支相償基準の検討課題

1. はじめに

 公益法人会計基準は、令和2年度(2020年度)改正により、「第1 総則」において「継続組織の前提」の定めを新設し、いわゆるゴーイングコンサーン(公益法人が将来にわたって事業継続していくことを前提にすること)を明記した。これを契機にして、公益法人が債務超過等に陥り、事業活動継続の前提に重要な疑義を抱かせる事象または状況が存在している場合には、財務諸表に「継続組織の前提に関する注記」を記載したうえで、計画的かつできる限り早期に債務超過の解消を図ることが要請される状況となっている。

 他方、債務超過の解消には、相当額の経常増減差額(黒字)が必要であり、収支相償要件に縛られたままでは、債務超過の解消が図れないのは言うまでもない。

 公益法人制度は2008年12月に施行され、2014年以降、公益認定等委員会の下で公益法人の会計に関する研究会が開催され、「公益法人の会計に関する諸課題の検討」がなされている。しかし、収支相償基準については全く論議検討すらされていないといえる。収支相償基準については、会計理論上の根本的な矛盾が存在し、かつ、実務上、当該基準が桎梏となるケースがあるため、再検討(もしくは、個別の事情を勘案して総合的に判断するという視点)が必要であると考える。

 

2.収支相償とは

 収支相償とは、公益法人が行う公益目的事業について、「事業に係る収入はその事業に要する適正な費用を償う額を超えない」(公益認定法5条6号)とする基準であり、換言すれば収支トントンということである。

 収支相償の計算においては、原則として事業年度毎に収支が均衡することが求められるが、そもそも事業は年度により収支に変動があり、また中長期的な視野に立った事業運営が求められるため、必ず単年度で収支を均衡させなくてはならない、というものではなく、中長期的に収支が均衡することが確認されれば、収支相償の基準は充たすものと判断される。

 したがって、単年度で剰余金が発生した場合でも、短期的に(翌々事業年度までに)解消される見込みがあるものであれば、収支相償の基準を充たすものとして弾力的に取り扱うことが可能である。実践的には、剰余金が生じた理由及び当該剰余金を短期的に解消する具体的な計画を説明することになる。なお、FAQⅤ-2-⑤05-02-05.PDF (koeki-info.go.jp)には、剰余金が発生した場合に必要な措置として、以下の4つが列挙されている。

⑴公益目的保有財産に係る資産取得資金への繰入

⑵当期の公益目的保有財産の取得

⑶翌事業年度における剰余金の解消についての説明

⑷その他、個別の事情についての説明
 

3.考えられる「個別の事情」の事例

 公益法人において剰余金が発生した場合には、上述のような必要な措置をとることになるが、上記⑷については、⑴~⑶の対応では収支相償が解消せず、事業の性質上特に必要がある場合には、「個別の事情」を勘案するとされている。剰余金の解消方策として考えられる「個別の事情」には、以下のようなものがあるといえる。

①    債務超過の解消に使用する

②    (公益認定後の)過去の赤字の補填に使用する

③    借入金の返済に充てる

④    臨時かつ巨額の収益は経常外収支として取り扱う
 

 これら「個別の事情」により、根本矛盾である収支相償を解決できれば、事業運営に障害を与えないと推察されるが、あくまでも「個別の事情」を説明したうえで、これを容認するか否かは監督庁(内閣府や都道府県の公益認定等委員会)の判断にゆだねられているのである。すなわち、「個別の事情」を勘案して、特例を認めさせる方法では、公益法人制度の法的安定性に欠けるといえる。

 したがって、収支相償の基準については、制度改定を行う、あるいは、業態に見合った形で中長期的な収支相償判定基準の明確化を行い、根本的に生じる矛盾を解消すべきである。

 

4.病院等医療機関を運営する公益法人の特徴

 「医療・介護業界の課題と経営改善アプローチ」(山田コンサルティンググループ(株)編著、大蔵財務協会)によれば、病院を運営する公益法人は199法人ある。

 これら病院等医療機関を運営する公益法人の特徴は、主たる経常収益である医業収益につき、診療報酬によって決められた公定価格により単価が設定されており、価格を下げて受益者に還元する方法で収支相償の対応をすることはできないのである。公益法人であっても、医療機関を運営する公益法人のように、寄附金や補助金に依存せず、自力で事業運営する事業体も想定して、それぞれの実態に合致した判断基準を構築すべきである。

 また、病院等医療機関を運営するためには、病院や診療所等の建設、医療機器の購入等の初期投資がかかるのが常であり、業態として、多額の設備投資及び借入金調達が必要な事業であり、その結果、先に(初期投資時に)赤字(経常増減差額がマイナス)が発生しやすい経営構造となっているのである。これは、それぞれの医療機関の経営の良し悪しではなく、初期投資が必要な業態では当然の帰結であり、初期投資を行い投資効果を享受して、その後の事業遂行にて黒字を出して、借入金の返済や初期投資時の赤字を埋めていくのである。

 したがって、このような初期投資が必要な業態である病院等医療機関を運営する公益法人の存在を前提にすれば、収支相償判定は中長期にわたって経年的かつ累積的に行うべきと考える。

 

5.現状で起こり得る矛盾

 「令和2年公益法人の概況及び公益認定等委員会の活動報告(令和3年12月:内閣府)」によれば、収支相償が黒字の公益法人は2,443法人(公益法人全体の25.7%)あり、そのうち、収支相償の黒字額が1億円以上の公益法人は146法人あるとのことである。

 また、債務超過に陥っている公益法人が、債務超過を解消するためには、過去の赤字の穴埋めをすべく相当額の黒字を出していかない限り、債務超過を解消することはできないはずである。

多数の公益法人が収支相償の課題に直面しており、債務超過を解消するためには、上記の認められた方法では矛盾を解決できない状況が生まれており、抜本的に収支相償の在り方を検討すべきであると考える。

 

6.提案(まとめ)

 公益法人は不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与するものであり、無償または低廉な価格設定等によって受益者の範囲を可能な限り拡大することが求められており、その制度的担保として収支相償の基準が設けられている。また、収支相償は、公益法人が税制優遇を受ける前提となる基準でもある。

 しかし、公益目的事業を継続的に維持、発展させていくためには、短視眼的に収支相償を判断するのではなく中長期的に累積的に判断すべきものであり、特に、初期投資が多額に発生する病院等医療機関を運営する公益法人については、過去の赤字の補填に使用できなければ、空いた穴はいつまでも埋まらないという矛盾から解放されないのである。中長期に収支が均衡すれば収支相償の基準の意義は保たれるので、過去に生じた赤字の補填に使用したとしても何ら問題は生じないはずである。黒字が先で後に発生する赤字の補填にしか使用できないとするのは、理論的根拠も科学的根拠もない実態を見ない論拠である。

 したがって、収支相償の判断を中長期的に行うならば、当年度に発生した剰余金の解消策として、過去に生じた赤字の補填や借入金の返済に使用できるようにすべきであり、当方としては、FAQⅤ-2-⑤の参考⑷にある「基本的に、過去に生じた赤字の補てん、借入金の返済等については、剰余金の解消方策として認められません。」は削除すべきと考える。このFAQの記載が、中長期的な収支相償に準拠しつつ、公益法人制度を維持、発展させようとする公益法人の自主的な事業運営の桎梏となっているのである。

 また、継続組織を前提にするならば、債務超過からの脱出は喫緊の経営課題であるため、債務超過法人については、収支相償の対象外とすべきと考える。

 

公認会計士 田中淑寛

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