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『人権を無視した法律によらない弱者増税~副業収入等に係る所得税基本通達の改正~』

 国税庁は2022年8月1日に所得税基本通達の一部改正に係るパブリックコメント募集を唐突に開始した。雑所得と事業所得の区分について雑所得の範囲を明確化するとして、収入300万円以下の場合は納税者からの反証が無い限り雑所得とするといった内容であった。

 “内容・根拠が不明確”といった7000件を超える非常に多くの意見が出されるなか、2022年10月7日に改正通達が公表されたが基本的な内容は変わっていない。小規模事業者にとっては青色申告特別控除や損益通算・純損失の繰り越しなどができるかどうかといった、生活(場合によっては人生)に関わる大きな違いが生じるのに、法律改正をせず通達改正で経済弱者を狙い撃つ実質増税を押しつけることは人権無視の横暴だと思う。

 主権在民・基本的人権の尊重、立憲主義・租税法律主義などといった根本的な価値が浸食され続けることは、日本が侵略戦争に突き進んだ過程と重なり恐怖を覚える。今回は、この通達改正の経過も見ながら考えたことを雑記したい。用語を含めて考察したものでもなく、稚拙であることを予めお詫びしておく。

 

1.パブリックコメント募集の1年前の論文から見える意図

 

 2021年6月の税務大学校論叢(ロンソウ)102号に「所得税法における業務の範囲について」という論文があり、改正案はこの論文のフルコピーに近いので、その「要約」を見てみよう。

 

 この論文の研究目的(何を問題だと認識するか)についてだが、働き方改革という政策推進のなかで広がってきた“シェアリングエコノミー”“ギグエコノミー”などによるサラリーマンの副業に係る「節税」を問題視している。“事業といえる規模ではない(片手間な)副業”に起因する赤字を事業所得の赤字として給与所得と損益通算すること等をあげて、“実態に見合った所得分類に区分し、適正な課税を実現する”としている。

 そういう問題意識であれば、事業所得の定義概念を整理すべきであり、“規模”や“実態”について定量的具体的に議論されるべきなのだが、この論文では雑所得の例示の範囲での議論によって“納税者利便も考慮し収入金額による形式基準を導入すべき”として収入金額300万円を基準にするという乱暴な結論を導いている。

 

 当たり前だが「収入」は業種業態によって全く様相が異なるし、必要経費を控除した「所得」を区分する概念にはなり得ないと思われる。政策推進した“副業”という経済活動を所得税法としてどう考えるかではなく、のっけから課税する(取り締まる)スタンスだからこその結論であろう。ちなみに、このスタンスは「節税」に対する表現にも見て取れる。冒頭では“散見される”問題だったはずだが、結論では定量的な分析もないままヒステリックに “看過できない問題”にまで格上げされている。最初から“看過できない(節税憎し)”ということであろう。

 さて、課税庁が問題視する「節税」を取り締まるために、このように乱暴な仕組みが必要なのだろうか。すでにプラットフォーマーや各種行政機関からの情報収集制度が機能しており、追徴課税などを見せしめ的にメディアにリークすることもおこなわれている。この論文の末尾でも“オンライン上での行政指導・調査といった簡易な接触を積極的に実施するなどで適切な課税が期待できる”としており、こんな乱暴な仕組みは不要なのである。本当の目的は、サラリーマンの副業に係る「節税」を悪者にして、消費税のインボイス制度と一体になって、フリーランス等の小規模事業者を狙い撃ちにした弱者増税だと思われる。

 

 

2.パブリックコメントで多くの批判を受けても「問答無用」で通達改正

 

 ベースとなった上記論文では、雑所得とみなす形式基準は“過去3年間のうち、収入金額が300万円を超える年がない場合”とされているが、通達改正案では“収入が300万円以下で納税者の反証がなければ雑所得とする”という恐るべき飛躍を遂げていた。経済弱者に対して“つべこべ言うな”という意味であろう。

日本国憲法にもとづく自主的申告納税制度においては、申告する所得の区分選択は一義的に納税者の主権に属するものであり、納税者のおこなう事業に起因する収入ならば事業所得である。収入金額の多寡によって課税庁が一方的に雑所得とすることは国民主権に反する横暴である。自主的申告に対して懇切丁寧に指導をして、必要ならば反証して適切に更正等をするのが課税庁の機能であり主客転倒である。

 

 さすがにパブリックコメントで批判が強く、改正通達では「反証がなければ」は姿を消したが、代わりにお茶を濁すように“記帳・帳簿書類保存がない場合には雑所得とする”という内容になっている。意見公募の結果も公表されているが、意見に対する国税庁の木で鼻をくくった回答が羅列されている。(2022.10.7 e-Govパブリックコメント

 しかし、“記帳・帳簿書類保存”と“収入300万円超”には、納税者の主権を制限する判定基準としての合理的な根拠がない。収入の多寡と本業が何かということは一致しない。本業とは尊厳をもった個人が自らの意思で決定するものであり、課税実務上の観点が優先されるべきではない。国税庁の本音は「問答無用」であり、今回で判定基準さえ作っておけば、その後の課税強化は容易にできるという考えが透けて見える。

 令和2改正での記帳・帳簿書類保存義務や現金主義の特例で用いた300万円ラインを援用しているのだが、小規模事業者の実務負担の免除(つまり緩和、納税者の利益)の通達を課税強化(納税者の不利益)の通達に援用しているのである。所得区分の選択という納税者の主権を制限することと課税実務上の対応緩和をバーターする(アメとムチ)など考えられない横暴ではないか。

 

 

3.改正通達の詐欺的手法

 

 今回の改正では【解説】(国税庁Hp法令解釈通達)なるものを添付している。この【解説】なるものは、読み手に“記帳・帳簿書類保存”の有無と“収入300万円”で判定するのだと思い込ませる手法をとっており、末尾の図表“(参考)事業所得と業務に係る雑所得等の区分(イメージ)”に端的に表れている。そもそも所得税法は、他の所得区分に該当しない所得を雑所得というバスケットで受け入れることを定めている。つまり、事業所得であることの判定が先だって必須であり、通達本文の(注)では”社会通年上事業と称する程度で行っているかどうかで判定する”とされている。しかし、一番注目される末尾の図表には何ら表現せず、納税者をだまして機械的な判定をさせて、雑所得で申告するように誘導する意図であろう。詐欺的で愚劣な手法だと思われる。

 

 

4.法律によらない弱者増税~戦前回帰の匂い

 

 個々の論点もあるが、法律改正の議論もなく経済的弱者に増税を押しつけることが最大の問題である。税制に限らず、拙速に(思いつきで)作った法律等の不備を糊塗するためにFAQをめまぐるしく更新して、あたかも法定されているかのように説明する行為が常態化している。また、生活保護の減額訴訟で暴かれたデタラメな“独自の指数”による政策決定、公的統計の不正・偽装といった政策根拠の改ざんなど、政権のやりたい放題が蔓延している。第二次安倍政権以降に目立って深刻化し、菅政権・岸田政権へと引き継がれ加速している。最たるものは敵基地攻撃能力を正当化した安保3文書の閣議決定であろう。こういった状況は本質的に現状のロシア・中国と同類(同じ穴の狢)であり批判されるべきだと思う。

 

 法律に基づかない行政行為が蔓延するなかでは、そもそも論にこだわって考えないと政権の横暴に絡め取られてしまい、税制においても『申告納税制度の皮を被った賦課徴収制度』に変質していく危険性を感じる。令和5年度税制改正大綱では自営業者等の自主申告運動への弾圧介入を可能にする懲役刑を伴った強力な「命令制度」を盛り込んでおり、税制面でも戦前に回帰する『きな臭さ』を感じるのである。だからこそ、日本国憲法の理念・原理を徹底的に活かした社会制度を再構築していく時代の節目にあるのだと思う。

 

 

5.まとめにかえて

 フリーランス等の小規模事業者に対して、消費税についてはインボイス制度によって納税を強制する一方で、所得税については雑所得とみなして青色申告特別控除や損益通算をさせないことでダブル増税を押しつけるのが現政権である。

 昨年11月14日に声優・漫画・アニメ・演劇業界が連帯してインボイス制度反対を訴える記者会見を実施した。(アニメファンなので感銘を受けた。)

 これらの業界は「クールジャパン」だともてはやされ政策的に利用される一方で、コロナ禍でも手当てされず「ブラック産業」と呼ばれる過酷な実態が残っている。各業界での調査によれば年収300万円未満の割合は、漫画・アニメで過半数、声優で75%とのこと。演劇では個人事業主の7割がアルバイト(給与所得)で生活を支えているとのこと。各業界とも「ブラック産業」からの改善・脱出を目指しているが、取り組みは緒に就いたばかりである。今後も幅広い理解と支援と時間が必要だと言われているのだが、ダブル増税は業界の未来を担う方々の生活を破綻させ、業界を衰退させる結果になることは明らかである。

 

 『胡麻の油と百姓は絞れば絞るほど出るものなり』という享保の改革での勘定奉行の放言を思い出している。東京オリンピックも国葬もそうだが、安倍政権以降のやりかたは国民の意志も生活実態も無視して、強い権力で政治・社会生活などを国民に押しつけるやりかたであり、時代錯誤の封建主義のようにも見える。

 日本国憲法が定める税制の本質は応能負担であり、経済的格差の是正(所得再分配)の仕組みである。もう一つ思い出したのは、享保の改革では津波のような百姓一揆が巻き起こったことである。今まさに弱者が政権に抗うムーブメントが求められているのではないだろうか。

 

 最後に、声優・漫画・アニメ・演劇業界をはじめとした小規模事業者の皆さんにお願いしたい。今回の乱暴で詐欺的な改正通達に惑わされず、自らの価値観にもとづいて事業所得と判断すれば堂々と青色申告特別控除、或いは赤字ならアルバイトとの損益通算をおこなって確定申告していただきたい。課税庁からの接触があれば記録帳簿等を示しながら誇りを持って申告内容の正しさを主張していただきたい。個々には小さい取り組みだが、積み重なって、紡ぎ合っていくことで、課税庁の横暴を普遍化させない潮流になると信じている。私も身近な小規模事業者とのつながりを大事に深めて、インボイス制度を廃止させることを含めて、共に考え行動するつもりである。

 

以上

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