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社会福祉法人における経営分析の留意点

1.問題意識

 医療、介護、福祉といった非営利分野における会計基準の中でも、「社会福祉法人会計基準」は特徴があるため、特徴の概略を示したうえで、経営分析や経営管理に生かしていくための留意点を述べることとする。

 

2.「社会福祉法人会計基準」の概略

 

①変遷→2016年4月に会計基準省令化

 かつて、社会福祉法人には「病院会計準則」「老健準則」「訪看準則」等の施設種類別に様々な会計基準が適用されてきた経緯があり、社会福祉法人の全事業について法人統一の会計基準ができたのは、「社会福祉法人会計基準の制定について」(平成23年:局長通知)で明らかにされた「社会福祉法人会計基準(23年基準)」の適用からである。その後、社会福祉法人制度改革に伴い、より規範性を持たせる意義から、平成28年4月より現行の「社会福祉法人会計基準」が厚生労働省の会計基準省令として適用されている。

 

②構成→詳細まで定められており、会計処理マニュアルである

 社会福祉法第45条の23第1項に「社会福祉法人は、厚生労働省令で定める基準に従い、会計処理を行わなければならない」と規定されており、法人全体の財務状況を明らかにし、経営分析を可能にするとともに、外部への情報公開に資することを目的として、「社会福祉法人会計基準」が定められている。

また、「社会福祉法人会計基準」を基本としながら、「社会福祉法人会計基準の制定に伴う会計処理等に関する運用上の取扱いについて(局長通知)」と「社会福祉法人会計基準の制定に伴う会計処理等に関する運用上の留意事項について(課長通知)」において、さらに詳細な取扱いが示されており、会計処理マニュアル的に細部まで決まり事があるのが特徴である。

 

③斟酌規定→社会福祉法人会計の慣行を斟酌

会計基準第1条第2項において「社会福祉法人は、この省令に定めるもののほか、一般に公正妥当と認められる社会福祉法人会計の慣行を斟酌しなければならない」とされており、この規定の意味合いは、企業会計の基準を無条件に(あるいは自動的に)すべてを受け入れるということではなく、社会福祉法人の特性や実態に応じて、その会計の慣行も考慮しながら適用の可否を判断することを示したものと考えられる。①の変遷を踏まえ実務慣習を取り入れるとともに、新たな考え方を含め②の構成により、細部まで定めている謂れである。

 

3.社会福祉法人における予算管理の意義

 

①会計の区分

 社会福祉法人の計算書類を作成するには、法人全体を段階的に区分して集計及び作成することとなっており、施設、事業所毎の財務状況を明らかにするため、拠点区分を設けて拠点ごとに予算管理及び経営管理していくことを基準上求められているのが特徴である。

 

②社会福祉法人における制度上の予算の意義

 社会福祉法人における制度上の予算とは、事業計画に沿って資金を使う予定を意味するため、損益予算ではなく資金収支予算が作成され、予算管理することを前提としている。したがって、監督庁からすれば、社会福祉法人が(公益性のある)事業計画に沿って事業活動を予定通りに行っているかを確認することを重視しているのである。

 一般的に予算管理とは、予算と実績を比較、分析し業務改善や経営対策などの適切な対応をしていくことであり、年度始まりに決定した当初予算を変更することは想定していない。予算=目標が変動してしまうと目標管理が行えないためであり、至極当然の考え方である。他方、社会福祉法人では、制度上は予算と実績の乖離を重視するため、乖離が大きい場合は補正予算の編成や予備費による執行を行い、予算管理を行うことで事業活動が正しく行われているかをチェックすることを主たる目的にしている。したがって、想定外の乖離が生じれば補正予算を組むことになり補正予算≠目標となるため、目標管理を重視、強調するならば、制度上の予算の考え方では、継続的かつ発展的な経営管理はできないといえる。社会福祉法人においても、経営が成り立つ水準の損益予算を作成して、目標管理を徹底して事業遂行していくことが適当である。

 

4.社会福祉法人の経営分析をする際の留意点

 

①汎用ツール

 社会福祉法人の経営分析をする際に利用できる標準的なツールとして、日本公認会計士協会「非営利法人委員会研究報告第27号」https://jicpa.or.jp/specialized_field/files/2-13-27-3-20181225_1c.pdf公表の経営指標を参考にするのが有用である。但し、経営指標は絶対的な評価指標ではなく、経営状況の自己認識、他法人比較、トレンド比較等に資するものであることに留意されたい。

 

②個別留意すべき事項

 資金収支計算書における支払資金概念は、大まかにいえば「支払資金=流動資産-流動負債」で表され、キャッシュフロー計算書における資金概念とは異なるものである。また、資金収支計算書における3区分は、事業活動による収支、施設整備等による収支(設備資金の借入収入、償還支出が含まれる)、その他の活動による収支(長期運営資金の借入、返済が含まれる)に分けられ、キャッシュフロー計算書における財務キャッシュフローが分解された様式であり、借入金の使途により区分が変わるのが特徴であるが、非常に分かり難いといえる。したがって、資金収支計算書を読解することが必要であり、場合によっては経営判断をミスリードしかねないため、資金獲得力の分析をする際には、キャッシュフロー計算書も作成するのが適当である。

 社会福祉法人会計基準に特有の会計処理として、国庫補助金等特別積立金の制度がある。これは、いわゆる設備補助金を受領時に一括で収益計上せず、正味財産に計上したうえで繰り延べて(補助金で購入した設備の減価償却の進捗に合わせて)収益計上する会計処理である。この会計処理により、繰り延べて収益計上(国庫補助金等特別積立金取崩額:減価償却費のマイナス項目)するため、毎期の決算につきその分だけ利益が膨らむ(減価償却費相当が少なくなる)現象が生じることになる。したがって、当年度の経営到達を正確に掴むためには、国庫補助金等特別積立金取崩額を除外して経営評価するのが適当である。

次に、社会福祉法人における本部費は、特定の拠点区分やサービス区分に属さない費用であり、理事会運営に係る経費や法人役員の報酬等と定義付けされている。これらの本部費は、独立した拠点区分(本部会計)を設けて処理する方法と特定の拠点の下に新たなサービス区分(本部費)を設けて処理する方法がある。どちらの方法によっても社会福祉法人の制度会計においては、本部費は独立掲記するため、本部会計が多額の赤字になっている特徴がある。これでは、各拠点及び各サービス区分での事業成果が本部会計の赤字により食いつぶされているように見えかねず、経営状況の実態を適切に表すためには一工夫が必要である。したがって、経営管理上は「本部費」を各拠点に合理的な按分基準により配賦するのが適当であり、そうしない限り、拠点別、サービス区分別の経営評価が適切に行えないといえる。また、社会福祉法人会計基準上も共通費の考え方が明示されており、本部会計に計上すべき“本部費”と各拠点に配賦する“共通費”を明確に区分するのが実践的な方法といえる。

 

5.まとめ

 「社会福祉法人会計基準」も同じ非営利会計であるため、他の非営利会計基準と共通項が多いものの、相違点を理解したうえで、“いいとこどりでカスタマイズ”していくことが重要である。「社会福祉法人会計基準」は省令化された制度会計である以上、決算書の様式や会計処理方法は法令に従わざるを得ず、また、決まりごとが多く行政監査も定例化していることから、制度への準拠をしつつ経営管理に資するよう特段の工夫をしていくことが求められるのである。

 

公認会計士 田中淑寛

 

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